戦場に「兵士」はいなかったのかも知れない

戦争状態での敵兵の殺傷は、悪行ではなく、英雄的行為である・・・と、教え込まれたところで、どれだけの人が割り切れていたのでしょうか?
中国戦線に従軍した祖父の場合も複雑でした。
酒を飲んで気分が良くなったときに、孫(私)へ武勇伝を語って聞かせていた一方。
病床についてからは、戦時中の戦闘の悪夢にうなされ、殺した敵兵へ許しを請うていたそうです。

これは、その祖父が酔っ払ったときに聞かせてくれた話しと、後の母による回想をまとめた話です。

八路軍相手に無双した一方で

祖父が中国戦線で、下級司令部直属の部隊に配属されていたときの話しです。

見通しの悪い山道を行軍しているときに待ち伏せ奇襲攻撃を受け、部隊が統制を失って、ちりぢりになってしまったそうです。
祖父も道から山林の中へ逃げ込み、弾雨から逃れることができました。

相手は八路軍のゲリラだろうと直感しましたが周りに味方の姿はなく、双方の銃声が聞こえてくるだけ。
このままじっとして居れば囲まれるかもと焦ったのですが、味方と合流しようと移動を開始しました。

しかし原生林は植生が濃かったせいで、方向が分からなくなってしまい、そうしているうちに少し開けた場所にでると、なんと、八路軍のアンブッシュラインの真裏だったそうです。
民間人の服装をした敵が木立の後ろなどに並んで、日本軍へ向けて射撃している背中が見えた・・・。

つまり祖父は敵の中に孤立してしまった絶体絶命になってしまいます。

敵と交戦する

こうなったらどうせ生きてかえれまい、殺れるだけ殺るか、と逆に覚悟が決まって銃剣を装着し、藪の中に潜み、そこから八路軍の兵を狙い撃ちしました。

すぐに発見されて反撃されそうな気もしますが、祖父が言うには「敵はずっと並んで鉄砲うってただろ? そうなると耳がもう馬鹿になってるから、すぐ後ろから撃たれても、味方の銃声だと思って、すぐに気づかない」、「もし、仲間が倒れても、前から来た銃弾でやられたと思い込むんだ」というのです。

そうして何人か倒していると、八路軍は撤収を始めたそうです。
祖父が言うには「奴ら、何人か殺されると、すぐ逃げる。でも、だからしぶとくて手強いし、怖い」とのこと。

しばらくすると、追い打ちのように日本軍の迫撃砲が降ってきたのした。
八路軍はこれで完全に混乱状態になり、ちりぢりになっていったそうです。

混乱した戦場に敵味方なく降り注ぐ砲撃から逃れるため、祖父は藪から這い出て、死に物狂いで匍匐前進。
どこをどう進んできたのか、まったくわからないまま、がむしゃらに進むと砲撃の音が聞こえなくなってきました。

唐突な敵との出会い

ここまでくれば、まずは大丈夫かと思い立ち上がると、五メートルほど前にも、同じように人間が立ち上がろうとしているのが見えたそうです。
だけど・・・それは、どう見ても日本兵ではなく、民間人の格好をした八路軍でした。

祖父はとっさに小銃を構えようとしましたが、手には何も持っていませんでした。
這いずるのに必死で、落としてしまったんですね。

「ならば銃剣だ!」と思ったそうですが、銃剣も小銃に装着してあったままです。
殺されると思ったそうですが、相手もよく見ると・・・丸腰・・・そうです、おなじような立場だったんですね。

そのまま、祖父は八路軍の便衣兵と見つめ合って、お互いに立ち尽くしてしまいます。
これは自分の憶測ですが、祖父たちはお互い、どうすればいいか、わからなかったんだと思いますね。

十秒以上はそのまま向かい合ってたそうで。
「正直にいえば、このまま何も見なかったことにして、回れ右できたら、いいなと思った」と祖父は言っていました。
相手もそうだったのかもしれません。

戦争は非情

だけど・・・やらなければやられるかもしれない、ここで死ぬわけにいかない。
日本には妻を残してきているのだと、ハッと我に返り、ヘルメットを脱いで、それで殴りかかったそうです。

八路軍の兵は、怯えた表情を見せたそうですが彼も反撃してきました。
しかしヘルメットでの殴打では、らちがあかず、すぐに取っ組み合いになります。

祖父は彼を地面へ投げ飛ばし、首を絞め、同時に耳へ噛みつき食いちぎりました。
敵は締められた喉で、もの凄いうなり声をあげるのですが、それは泣き声みたいだったそうで、ふと祖父は急に気の毒になってしまい、「ごめんな、ごめんな」と自然に言ってしまっていたそうですが・・・・
それとは裏腹に完全に動かなくなるまで、絶対に手の力は緩める事はなかったそうです。

祖父はこのときの活躍で勲章を受けました。
五体満足で終戦を迎えることもでき、妻の元へも帰ることができました。
そして、子どもを育て、何十年後かにはその武勇伝を、誇らしそうに孫・私にもかたりました。

祖父の心のなか

ある日の事です。
祖父は年のせいで体調を崩し、ずいぶん長い間、病床についてしまいます。

そして看病に付いていた母は、毎日のように彼のうわごとを聞いたそうです。
それはかならず同じ言葉で、「ごめんな! ごめんな!」と。

これを聞く度に母は思ったそうです。
祖父があのとき、敵の耳を食いちぎり、首を絞めなかったら、日本で待つ妻の元へ帰ることはできず、今の自分はいなかったのだろう、と。
そして、祖父が殺めた敵兵にも同じように帰りを待つ人がきっといたのだろうと。

もしかしたら戦場という場所には、「兵士」なんていう立場は存在しないのかもしれません。
そこにいるのは守るべき者を持った、ただの夫であり、ただ父たちであり、ただ兄たち、弟たち、子供たち・・・でしかなかったのかもしれません。

そして、このことを一番よく分かっていたのが、きっと最前線で敵を殺めてしまった、夫たち、父たち、兄たち、弟たち、子供たち・・・だったのでしょう。


NCX
ミリオタ気味のラノベ代筆業。

※画像はイメージです。

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