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真珠湾攻撃・第二撃がなかったは誰の責任?

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真珠湾攻撃での南雲忠一長官の責任は如何に??

真珠湾攻撃で第二撃を敢行せず、米空母群や、石油タンクなど港湾施設を破壊しないまま艦隊を帰投させた、 攻撃艦隊司令長官・南雲忠一中将の判断について未だに論議が絶えません。

南雲中将は水雷屋としては一流でしたが、航空戦については素人同然で、 だから攻撃艦隊は南雲艦隊ではなく、実質的には航空参謀源田實の「源田艦隊」だと中傷されたのは事実です。
また第二航空戦隊司令官・山口多門少将の第二撃の強い意見具申を聞き入れなかったという話も広く流布しています。

しかし司令官とはやる、やらないの決断とその結果に責任を負うのが仕事なのだから、 その実務を幕僚に任せるのは別段不自然ではありません。
また意見具申についても、山口司令官が行ったのは第二撃準備完了を信号で知らせたにとどまり、せいぜ「促した」程度で、 航空参謀からの山口司令官への強い意見具申が誤って伝わったらしいのです。

目次

真珠湾攻撃の命令

当該作戦の命令書が現存しないので、各種資料から戦後まとめられた「機密機動部隊作戦命令第一号」によると、 敵艦隊と主要航空基地を空襲し、その後は飛行機を収容し、
敵反撃に備えつつ高速退避することが、南雲司令官が受けた命令と考えられます。 また同様の「命令第三号」による攻撃目標選定順位は、第一が戦艦、第二が空母となっていました。

即ち主な攻撃目標は戦艦と航空基地で、攻撃終了後は敵の反撃に備えつつ高速避退することが命令の趣旨であり、 そこには石油タンクや工廠など湾口施設への攻撃は全く無く、部隊の温存が明記されていたのみでした。

南雲の判断の妥当性

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作戦の結果は、第一撃の二波攻撃で敵の戦艦群と航空戦力に対し多大な戦果を確認し、 湾内に空母群がいなかったというものでした。つまり作戦命令の第一目的はほぼ完遂されたのです。
しかも敵空母の行方は不明で反撃される可能性は増大しました。

主目的が達成され、最大の脅威である米空母群が無傷で近海にいるかもしれない。
そんな状況下で避退を行ったのは、命令に忠実な行動に他なりません。
そして命令の最後は念を押すが如く、「帰還し第二段作戦の準備を行う」となっていました。

こう見てゆくと現場司令官の判断として、南雲中将のそれが批判される要素が果たしてあるのでしょうか。

歴史大好きじいさんです。
歴史的事件の評価は難しい。

eyecatch source: Unknown author / Public domain

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