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数多ある旧大日本帝国海軍の艦艇の中でも異彩を放つ幸運艦「雪風」

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旧大日本帝国海軍を代表する艦艇と言えば、世界最大の排水量と46cm主砲を装備する戦艦「大和」が最も知名度が高いであろうことは疑いの余地はなく、ミリタリーマニアならずとも誰しもがその筆頭に挙げるだろう。
昨今はインターネットの急激な普及によって雑誌の発行部数も激減し、それに伴うように雑誌の取材力の低下が指摘される中、各種のスクープを世に出し続ける文藝春秋社の週刊文春は一誌のみ別格にも見える。

その大元の文藝春秋誌が戦後に行ったものに、旧海軍軍人や関係者に対し旧大日本帝国海軍の艦艇の中から名鑑を選ぶ企画があったが、そこでは1位が「大和」、2位が航空母艦の「瑞鶴」、そして3位が駆逐艦の「雪風」だった。
「大和」は冒頭に述べたように大艦巨砲主義の集大成の巨艦として実戦での戦果は別としても評価されており、また「瑞鶴」は太平洋戦争初期の日本の空母機動部隊の精強さを示す艦艇として順当な評価にも見える。

翻って「雪風」はこうした「大和」や「瑞鶴」と比すれば、遥かに小型で主力艦ですらないと言う位置づけの駆逐艦にも関わらず、それらに次ぐ艦艇として艦名が挙げられた事は些か稀有な感じがするかも知れない。
しかし「雪風」は旧大日本帝国海軍でも屈指の幸運艦と今の世にも伝えられており、圧倒的なアメリカ軍の物量に劣勢を強いられ、日本の大半の艦艇が沈められる中にあって、太平洋戦争を生き抜いた艦艇である。

目次

大日本帝国海軍の一等駆逐艦たる陽炎型の8番艦が「雪風」

「雪風」は基準排水量2,033トン、全長118.5メートル、全幅10.8メートル、吃水3.8メートルの艦体に、最大出力52,000馬力の機関部を搭載し、最大速力35.5ノット、航続距離は18ノットでの巡行時で5,000海里を誇る。
「雪風」の乗員は239名で主兵装は、五十口径三年式十二糎七砲(12.7cm連装砲)が新造時3基6門、終戦時2基4門、九二式61cm四連装魚雷発射管が2基で九三式魚雷16本、九四式爆雷投射機を1基などを搭載していた。

多数の水上戦闘艦と同様に「雪風」も太平洋戦争開戦後に明らかとなった敵航空機からの攻撃の脅威増大を反映して、後には主砲の1基を撤去して各種の対空兵装を増設する2度の大きな改修が施されて戦いを続けた。
前述したように陽炎型駆逐艦は九三式魚雷を兵装として竣工の時点から採用した艦艇であり、この酸素魚雷は炸薬量480kg、41ノットの速度で33kmの射程を備え、アメリカ軍のMk.15魚雷の同375kg、45ノット時5.5kmを大きく凌駕していた。

その為この九三式魚雷の性能を認識したアメリカ側では、日本側が装備した魚雷をその射程距離の長さから「ロング・ランス(長槍)」と形容しており、それらの雷撃を如何に警戒していたのかが窺える。
陽炎型駆逐艦は全19隻が建造され、更にこの陽炎型をベースに夕雲型駆逐艦も度同数の19隻が建造されたが、この両者を総称して甲型駆逐艦とも呼称され、これら38隻中で戦没しなかった唯一の艦艇が「雪風」である。

「雪風」を始めとする駆逐艦で旧大日本帝国海軍が描いていた漸減要撃作戦

「雪風」を含む陽炎型駆逐艦は高性能な酸素魚雷である九三式魚雷を竣工時から搭載していたが、これは広い太平洋を挟んでアメリカ海軍と対峙しようとした大日本帝国海軍の中で、敵の主力艦を撃沈する事を最大の目的としていた。
そうした大日本帝国海軍における「雪風」ら駆逐艦の役割は1941年12月の太平洋戦争の開戦から少し遡れば、初の世界大戦となった第一次世界大戦後のワシントン及びロンドンの2つの海軍軍縮条約を締結した時点から始まったと言えよう。

第一次世界大戦をアメリカ・イギリスと共に戦勝国として終え、それらに次ぐ3大海軍国に名を連ねた日本ではあったが、ワシントン及びロンドンの2つの海軍軍縮条約では主力艦艇の保有数を米英の6割に制限された。
主力艦艇とは主として戦艦・巡洋艦・航空母艦を指すが、その保有数を最大の仮想敵国であるアメリカの6割とされた日本では、双発の中型爆撃機や特殊潜航艇を含む潜水艦、そして駆逐艦を活用する漸減邀撃作戦を考案する。
漸減邀撃作戦は主力艦数で勝るアメリカ艦隊に対して、航空機による爆撃、潜水艦及び駆逐艦による雷撃でその数を減らし、残った艦隊に対して日本の主力艦艇による攻撃で勝利を得ようとした戦術の事を言う。

こうした着想はアメリカ海軍に対して劣勢な艦艇数で艦隊決戦を挑もうとする中から生み出されたものと思われるが、奇しくも日本自身がマレー沖海戦でイギリス海軍の戦艦を航空攻撃で撃沈した事で過去のものとなってしまう。
太平洋戦争における海戦は航空母艦を中核とした空母機動部隊が担う事になり、戦艦や巡洋艦と言った大口径の主砲を搭載した艦隊同士の戦いは生起せず、漸減要撃作戦が実行に移される事はなく進んでいった。

駆逐艦「雪風」の戦歴

太平洋戦争の開始前年の1940年1月に竣工した「雪風」は、その開戦後には先ずフィリピンへの上陸作戦の支援に従事し、以後1942年にはスラバヤ沖海戦、ミッドウェー海戦では輸送船団の護衛任務、南太平洋海戦、第三次ソロモン海戦に参加した。

翌1943年の「雪風」はガダルカナル島への輸送任務にあたり、その後も同島からの撤退を行うケ号作戦に参加、さらに同年中にビスマルク海海戦、コロンバンガラ島沖海戦に加わり、年末に一旦呉隅港に戻り改修を受ける。
そして1944年にはマリアナ沖海戦の第二補給部隊を護衛する任務に従事、更にレイテ沖海戦と他の多数の僚艦がこれらの激戦の中で次々と失われていく中でも生き残り続け、11月には一旦横須賀に寄港、航空母艦「信濃」を呉まで護衛した。
そして1945年4月に「雪風」は戦艦「大和」らと共に沖縄への水上特攻作戦に参加、坊ノ岬沖海戦としてあまりにも有名な「大和」の最期の戦いでも生き残り、僚艦3隻と共に長崎の佐世保港に辿り着いた。
以後「雪風」は佐世保から京都の舞鶴に移動、アメリカ軍の空襲が激化し最後は宮津湾に逃れたが、その場所で7月30日にアメリカ軍機の空襲に対する対空戦闘を行い、見事1機を撃墜する戦果を挙げ、約2週間後の敗戦を迎える。

こうして太平洋戦争を生き抜いた「雪風」だが、殊に終盤の坊ノ岬沖海戦では敵の魚雷が底部を掠めるも爆発には至らず、また同戦と最後の宮津湾の何れかでは命中したロケット弾が不発で難を逃れたとも伝えられている。
「雪風」のこうした戦歴について坊ノ岬沖海戦時に指揮を執った寺内艦長が、数々の歴戦を生き抜いてきた乗組員達の練度が高かった事を一因としつつも、最大の理由は強運であったと指摘されているのも印象深い。

太平洋戦争後の「雪風」と一部で囁かれた悪評

太平洋戦争で大小16回以上の激戦を生き延びた「雪風」は、2基残されていた五十口径三年式十二糎七砲(12.7cm連装砲)を1945年末から行われた改装で取り外され、翌1946年2月からは復員輸送船として活用された。
1946年12月までその任務にあたった「雪風」は、中国・パプアニューギニア・ベトナム・タイ等へ述べ15回、数にして凡そ13,000名の復員を実施し、後に「ゲゲゲの鬼太郎」で知られる事になる漫画家の水木しげる氏もここに含まれていた。

その後の1947年6月に「雪風」は、その当時は中国共産党との内戦下にあったとは言え、未だ中国大陸にあり戦勝国となった中華民国に譲渡される事となり、翌月の7月に僚艦7隻と共に送られ中華民国海軍の所属艦艇となる。
1948年5月に「雪風」は中華民国海軍の「丹陽(タンヤン)」と名を変え、国共内戦に敗れ同国政府が台湾に逃れた為、その地で1951年10月頃から再び砲塔等の搭載が行われ、1965年12月に退役するまで使用された。
退役翌年の1966年、日本側では「雪風」を惜しむ声が上がり、返還を求める活動も行われたがこれは実現には至らず、1970年に台湾で解体が行われその幸運艦としての艦歴を終えた。

前述したように中華民国海軍艦艇として退役が決定した「雪風」には返還を望める声も大きかったが、2000年以後の著作の一部に僚艦が沈む中生き残った「雪風」を忌み嫌う風潮があったとの主張が行われている。
しかし「雪風」の返還を求める活動が活発化した時期の大手新聞社の記事を見渡しても、そのような記述は全く見当たらず、太平洋戦争が歴史の中へと風化して行く過程で、興味本位か悪意を以て創作された感は拭えない。

敗戦国の日本ではほとんど保存されていないのが旧大日本帝国海軍の艦艇

「雪風」が中華民国海軍から退役する際に日本へ返還が実現されなかった事は非常に残念な結果ではあったが、太平洋戦争、引いては第二次世界大戦の敗戦国である日本は国際政治上から見てもそれは叶えられなかったとも思える。

日本で大日本帝国海軍の艦艇として一応保存されているものは、奈川県横須賀の三笠公園に日露戦争時代の旗艦であった戦艦「三笠」と、東京都品川区の船の科学館の「宗谷」くらいしか存在していない。
「宗谷」と言えば南極観測船ではないかと思われるかもしれないが、同艦は旧ソ連からの発注で1938年に竣工したが引き渡されず、1941年に大日本帝国海軍が買い上げ特務艦とし、戦後に南極観測船となった稀有な艦歴を持つ。

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