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零戦を有名にした二一型の強みとは?

太平洋戦争において、日本海軍の戦闘機である零式艦上戦闘こと零戦は当時の日本を代表する戦闘機となりました。
その勇名が生まれたのは零戦の中でも二一型と言う機体です。
零戦二一型とはどんな機体なのか、長い航続距離を持つ戦闘機と言う部分から見て行きます。

目次

長距離飛行の新型戦闘機

零戦の開発は1937年(昭和12年)から始まった。
この零戦となる新型戦闘機に求められたのは艦隊の上空を守る戦闘機として、まずは長い時間飛行する事だった。
これは太平洋戦争開戦前に日本海軍が想定した艦隊決戦において、戦場となる海域上空を制圧する為である。

長く飛べることで敵艦隊が発進させる観測機の活動も妨害する事も望まれた。
(太平洋戦争開戦前は航空機による弾着観測をすると想定していた)
長い飛行時間の具体的な要求は六時間であった。
零戦の開発を行った三菱はこれを実現し、3000km以上の長い航続距離を持つ戦闘機として零戦は完成した。

Josephus37, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons

戦場に合った戦闘機

零戦が最初に投入されたのは1940年(昭和15年)の中国大陸だった。当時は日中戦争のただ中で、中国国民党政府は首都を奥地の重慶へ移していた。日本海軍航空隊はこの重慶を陸上攻撃機で爆撃をしていたが護衛する九六式艦上戦闘機では重慶まで行けなかった。
そこへ登場した零戦は護衛だけではなく、敵戦闘機を圧倒した。

1941年(昭和16年)の太平洋戦争が開戦した直後に行われた台湾からの当時アメリカ領であるフィリピンのルソン島へ900kmもの距離を飛行し、米軍の航空戦力を撃滅した。
1942年(昭和17年)8月からのガダルカナル島攻防戦では片道1000kmを往復する戦いを可能にした。

更にはティモール島からオーストラリア北部のダーウィンの片道1000kmを飛び、イギリス空軍のスピットファイア戦闘機と空中戦を展開した。
零戦二一型は長時間を飛ぶ事を目標に開発した戦闘機は、長距離を飛べる戦闘機として広い太平洋の戦場に合う戦闘機になれたのです。

成功した長距離戦闘機であるが故に

当初の想定は戦艦が主役の艦隊決戦で戦艦が戦う上空を守る支援の役目でした。それが進撃する日本軍の先頭に立つ空戦の主役に変わりました。

そうなれたのは、零戦二一型が長い距離を飛行できる戦闘機だからです。
しかし、その長距離飛行を伴う作戦を実行できたのは日中戦争の時から実戦経験を積んだ熟練パイロットの能力があったからです。

それはパイロットの腕でより零戦を生かす戦いが出来た一方で、パイロットの負担をかなり強いる事を意味していました。
二一型もとい零戦は後継機に取って代わり、各地に飛行場を作る支援能力を海軍がより多く持つ必要があった。
零戦二一型は太平洋戦争に間に合った兵器でした。それは必要とされる戦場に投入できた戦闘機であった事が零戦の名前を有名にしたのです。

featured image:UnknownUnknown , the original photograph was captured on Attu in 1943., Public domain, via Wikimedia Commons

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