黒田官兵衛「草履方々、木履方々」その真意を考える

己の命ばかりか、一家の存亡と家来衆の人生を背負う戦国武将。
その言葉には人生の真実があります。

草履方々、木履方々の意味

名軍師として名高い戦国武将・黒田官兵衛。
彼が黒田家嫡男・長政に残した言葉に、「草履方々、木履方々(ぞうりかたがた、ぼくりかたがた)」というものがあります。

草履はぞうり、木履はゲタのことで、片足に草履、もう一方の足にはゲタを履いている中途半端な状態を表しています。
歩きにくい事この上なく、ましてや走るなんてとんでもない、という様なこの状態でも、時によって人は駈け出さねばならない時があると、官兵衛は息子に言い残したのです。

中国大返し

官兵衛は昔のある出来事を思い浮かべていたに違いありません。それは秀吉の中国大返しです。
織田信長麾下の一武将だった秀吉は、中国地方制覇を巡って毛利氏と対峙していました。そんな時にあの本能寺の変が勃発し、信長が討たれてしまいます。
秀吉は強大な敵を前面にして孤立してしまったのです。

悲観に落ち込むばかりの秀吉に、軍師である官兵衛は
「今こそ走る時。寸刻の間も置かず京に駆け戻り、主君の仇を討つべし。これこそ天下を手中に収める好機なり」
と進言したといいます。

それは正に「草履方々、木履方々」でした。
前面に強敵。京までの遠い道程。混乱の極みにある畿内情勢。そんな諸々の状況を細かく分析熟考していている余裕はない、と官兵衛は助言したのです。
とにかく早急に取って返す事が肝要だと彼は判断しました。

毛利との早急な和睦。走りながら握り飯を喰らう強行軍。
当時としては誰もが予測できない速さで秀吉勢は京に取って返し、防備が整わないままこれを迎え撃った明智光秀勢を打ち破ります。世に言う天王山の戦い、山崎の合戦です。
黒田官兵衛の発案と指揮によりこの戦は大成功を収め、秀吉が天下に昇る階段を駆け上りました。

英断と拙速 そして覚悟

一世一代のチャンス、それが眼前に来た時、周囲の状況が万全であるとは限りません。
片方の足に草履、もう一方にゲタという最悪の状況下にいるかもしれない。しかし稀有な大チャンスを捕らえる為には、それでも人は駆けださねばならないのです。

事が成就すればそれは英断として褒め称えられます。しかし失敗すれば拙速と非難が集中するでしょう。
それは大きな賭けなのです。決断自体が大きな困難です。

黒田家の浮沈を一手に担う主君としての覚悟を、官兵衛は息子に教えたかったのでしょう。

歴史大好きじいさんです。
切れ者軍師・黒田官兵衛は多くの名言を残しています。

※画像はイメージです。

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