2026年1月、ベネゼエラでマドゥロ大統領を拘束し斬首作戦を成功させた、アメリカの特殊部隊デルタフォースの創設から戦歴を紹介します。
対テロ部隊として発足
アメリカは世界的なテロの増加もあり1970年代に対テロ特殊部隊として陸軍にデルタフォース(第1特殊部隊作戦分遣隊デルタ)を創設した。
アメリカの特殊部隊は陸軍のグリーンベレーと海軍のシールズが存在していたが軍事作戦の為の特殊部隊であり、過激派が起こすテロへに対応できる特殊部隊は無かった。
そこで人的交流の一環である交換将校としてイギリスのSAS(特殊空挺部隊)での所属経験があるチャーリー・ベクウィズ大佐によって1977年にデルタフォースは編成された。
ベクウィズはマレー半島で起きたマラヤ危機に出動したSASと行動を共にしゲリラとの戦いでSASの高い能力を目の当たりにし、デルタフォースを作るにあたりSASを手本とした。
苦い初陣
デルタフォースは対テロ部隊として人質救出を任務としていたが、長距離の隠密偵察任務や強襲して要人の身柄を捕らえる任務も可能と分かる。それを可能とした隊員は2年以上の勤務した陸軍兵士から選抜され体力テストで健康に問題がないかを確認されてから本格的な選抜試験を受ける。デルタフォースでは心理審査によるメンタル面も試され心身共に頑強な隊員が揃う事になる。
しかしデルタフォースの戦歴は苦い経験で始まる。1980年に占拠されたイランの米大使館で人質にされた外交官や職員・警備の海兵隊とその家族を救出する為にアメリカ軍の総力を挙げた「イーグルクロー作戦」が実行されたが、中継地点でヘリコプターの事故が起きて作戦は中止となりデルタフォースも撤収を余儀なくされた。
次に出動したのは1983年のグレナダ侵攻でリッチモンド・ヒル刑務所をレンジャーと共に襲撃して占拠に成功する。
1989年のパナマ侵攻ではカルセル・モデロ刑務所からCIAの工作員とされるアメリカ人を救出した「アシッド・ガンビッド作戦」を成功させた。
パナマ侵攻ではパナマの独裁者であるマヌエル・ノエリガを逮捕するべく出動したが逮捕には至らず、追い込まれたノエリガは米軍に降伏した。
より広い活動
90年代に入るとデルタフォースの活動はより広がる。
1991年の湾岸戦争ではイラク軍のスカッドミサイルを砂漠地帯で捜索する任務を行い、1993年のソマリアではモガディシュで市街戦を戦い、2001年の同時多発テロ以降ではアフガニスタンでウサマ・ビン・ラディンをはじめアルカイダ幹部を捜索した。
2019年にはシリアとトルコの国境地帯でイスラム国の初代指導者であるバグダディをレンジャーと共に襲撃して殺害した。そして2026年のマドゥロ大統領拘束の成功と救出や要人の拘束に留まらず長期間の捜索任務に正規戦に等しい激しい戦闘もこなすデルタフォースは高い機密に隠された極秘最精鋭部隊として存在し続けている。
featured image:DoD, Public domain, via Wikimedia Commons


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