東日本大震災で体験した怖い事

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私が東日本大震災で体験した、今まで誰にも話したことのない話をします。

目次

2011年3月11日 14時46分

私は仙台の会社に勤めていて、震災当日は事務所で仕事をしていました。
最初の揺れが来た瞬間、立っていることすら難しく、建物が軋む音が周囲から聞こえてきました。
普通の地震ではない。しかも一度では終わらない。大きな揺れが何度も続き、感覚が少しずつ麻痺していくようでした。

停電はすぐに発生しました。信号機は消え、昼間なのに街全体が異様に暗かったのを覚えています。
家族に連絡を取ろうとしましたが、携帯電話はまったく繋がりません。
その時、事務所に古い電池式ラジオがあったのを思い出し、電源を入れて初めて事態を知りました。

巨大地震。大津波警報。沿岸部壊滅。
我が家は山沿いの住宅地だったため津波の被害はありませんでしたが、その日は電車も止まり、私は徒歩で帰宅することになったのです。家の中は酷い有様、タンスは倒れ、食器は散乱していましたが、幸い家族は全員無事でした。

電気が復旧したのは数日後。
テレビに映った映像を見て、私は言葉を失いました。
街が消えていたのです。

見慣れた場所は泥と瓦礫に埋まり、車は積み木のように折り重なり、船が海から何キロも離れた場所に転がっている。
死者・行方不明者は、最終的に2万人を超えました。

震災後、奇妙な話を聞くようになります。

人の列

石巻の大工をしていた知人が、震災後の夜に妙なものを見たと話してくれました。

海の方から歩いてくるの人達を見かけたのですが、よく見ると明らかにおかしい人たちなのです。
泥だらけで服が裂けたままの人。全身ずぶ濡れのまま歩く老人。顔色が異様に白い人の列。
それに、その人達は誰一人として声を出しません。
助けを求める訳でもなく、周囲を見る訳でもない。黙々と黙ったまま道路を歩いていく。
しかも、歩いている人数のわりに足音がほとんど聞こえない。

暗闇の中を列になって移動していくのですが、気づくと人数が減っています。
脇道のない、真っ直ぐな道なのに、いつの間にか消えていた。
最初こそ避難民だと思っていたものの、途中から「見てはいけないものかもしれない」と感じたそうです。

特に忘れられないのが、一人の若い女性だったそうです。
コート姿で俯いたままゆっくり歩いていたのですが、すれ違った瞬間、髪から水がぽたぽた落ちていたというのです。
雨など降っていません。
青白い顔をしていて、心配になったのですが、不思議と誰も声をかけなかった。
いや、声をかけられなかったと言っていました。

人を轢いてしまった

震災後、県外から手伝いに来ていた知人から聞いた話です。
夜、XX方面を車で走っていた時、人を轢いてしまったそうです。

慌てて車を停めて確認したものの、道路には誰も倒れていない。
暗い道でしたが、辺りになにもなくて、人が倒れていれば見落とすような場所でもなかったそうです。
それでも不安になり、救急車を呼びました。

しばらくして救急車と警察が到着し、周囲をライトで照らしながら確認しましたが、結局、なにも見つかりませんでした。しかも車体には、何かに接触した痕跡すらなかったそうです。

知人が混乱したまま事情を説明すると、警察官は疲れ切った顔で「ああ……大丈夫だから」と。
不思議に思って理由を聞くと、警察官は小さな声で、「この辺り、そういう連絡が多いんだよ」。

知人は、それ以上何も聞けなくなり、そのまま逃げるように帰ったと言っていました。

その後、洗面所で顔を洗い、ふと鏡を見た時、自分の後ろに誰か立っている気がする。
そんな感覚が何度もあったそうです。

アンダーパス

最後に、これは私自身が体験した、ある、アンダーパスでの出来事です。
震災当時、そこでは何台もの車が水没し、中には車内に取り残されたまま亡くなった人もいたと聞いています。
私は釣りが趣味で、震災後もしばらくは、早朝にその道を通って海へ向かっていました。

ある朝、まだ薄暗い時間帯に車を走らせていた時です。
対向車線のライトが妙に眩しいと思った次の瞬間、前方に人の列のようなものが見えたので、慌てて急ブレーキを踏み、車を停めました。

前にも後ろにも、私以外の車は一台も走っていません。
もちろん、人影もありませんでした。

見間違いだったのかもしれませんし、光が反射して、何かがそう見えただけなのかもしれない。
ですが、確かに何人もいたように見えたのです。

震災後、この辺りでは似たような話を聞くようになりました。
夜になると人影を見る。誰もいない場所に歩行者が立っている。バックミラーにだけ人が映る。

それ以来、私は釣りに行かなくなりました。
少なくとも、あの道を通って海へ向かう気には、二度となれません。

東日本大震災

こういう話は、普通なら与太話で終わります。
ですが、あの震災では、あまりにも多くの人が突然亡くなりました。
もし本当に、自分が死んだ事に気づいていない人がいたとしても、私は不思議だとは思いません。

それに震災直後には、似たような話をする人があまりにも多すぎました。
もちろん、極限状態による錯覚や思い込みだったのかもしれません。

人類、極限状態になると集団で同じ幻覚を見るのか、それとも本当に別の何かを見ていたのか?
究極の二択なのかもしれません。

亡くなられた方の御冥福を祈りつつ、筆をおきます。

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