妖怪は数あれど、雪女はかなり人気上位と言えるだろう。
人を凍死させる恐ろしさと、美しく儚げという2面性からか、様々な創作にも引用されている。
そしてその引用元の大半は、小泉八雲の『雪おんな』と言って良い。
作中で雪女は、主人公の男に「自分と会った事を話してはならない」と口止めする。
さらりと流されているこのシーン、どこか違和感がないだろうか。
小泉八雲の雪女伝説
知らない人、うろ覚えの人もいようから、小泉八雲の『雪おんな』のあらすじを改めて話そう。
木こりの巳之吉は、師匠の木こりと仕事に出たが、帰りに吹雪に遭い、小屋に一晩避難する
夜中に目を覚ますと、雪女が師匠を凍死させていた
雪女は「お前は若くて哀れなので見逃してやるが、今日の事を人に話したら殺す」と言って去る
翌年巳之吉は、美しく魅力的な旅人「お雪」と出会い、そのまま結婚する
5年と少し、2人は仲良く暮らし、10人の子供を作る
ある日、巳之吉はお雪につい、雪女の事を洩らす
お雪は、自分が雪女であると明かす
お雪は秘密を守らなかった事を咎めつつ「子供も出来てしまったので、お前を殺しはしないが、絶対に子供の世話をきちんとやれ」と言い残し、霧に溶け込んで、出て行った
実はこの話、各地に伝承される雪女伝説とは毛色がかなり違う。
ヨーロッパの悲恋物語のテイストが強く、小泉八雲の創作が大きく含まれるというのが定説のようだが、ここではこの話が雪女を何かしら実際の妖怪を描写したものとして進める。
口止めの理由
雪女ことお雪が、巳之吉に口止めした理由について、パターンに分けて考えよう。
物理的に自分を守るため
これは比較的分かりやすい。
雪女の存在が多くの人に知られれば、妖怪退治で名を挙げたい武芸者や、美しさ目当ての人買いなどが、襲いに来るかも知れない。
一方、人を凍死させ、霧に紛れられるような力を持つ彼女が、そこまで恐れる必要があるのか、という部分に違和感はある。
術的に自分を守るため
妖怪の中には、正体や名前を知られると力を失うものが存在する。このようなルールの場合、情報漏洩はそのまま力を失う事に繋がる可能性がある。
必死になって隠すのは無理もない。
結果的に巳之吉は秘密を漏らした訳だが、その相手が雪女本人だったから、力は失われなかったと考えられる。
1度タブーを破った以上、巳之吉はやがて必ず他の誰かに話すだろうと判断し、雪女は能力があるうちに人里から去った。
これは一定の信憑性がある。
巳之吉を守るため
雪女は、巳之吉に好意を持っている様子が描写されている。
だとしたら、この口止めは巳之吉のためという可能性がある。
村での巳之吉の立ち位置次第では、師匠の凍死への関与を疑われる可能性がある。
この疑いの目が向いているところで雪女の話を無闇に口にすれば、「ごまかしている」と見做されたり、「狂った」と見做される可能性がある。
彼が村から断罪されるシチュエーションは、雪女の望むところではなかったろう。
だがこの説の場合、彼の前から去るラストの辻褄が合わない。
いずれも一定の説得力があるが、今ひとつ決め手にかける気がする。
真の目的?
雪女視点で考えてみよう。
雪女は、山の精や山で死んだ幽霊の類という説があるが、いずれにせよ長らく巳之吉の働く山にいて、以前から目に留めていたのではないか。
師匠に連れられて木こりの仕事を仕込まれる様子を、ずっと微笑ましく眺めていたのではなかろうか。
そして吹雪の晩、小屋にいるのに気付いて見に行く。
気付いて騒ごうとした師匠を殺したか、それとも加齢のため体温が上がりにくく、雪女が近付いただけで凍死したか。
この直後に巳之吉が目を覚ます。
この時、雪女は考える。
『あの子供が、予想以上に好ましい青年に成長した。人に化けて、この子と所帯を持てたら楽しかろう』
だが、雪女は狐狸の類のように変幻自在という訳ではない。多少雰囲気を変えられても、顔はそのままだ。
巳之吉は怯えているから、怖がらせておけば、人に化けていると気付かないかも知れない。
だが、他人から見たらどうか。
雪女に命を助けられたと語る男の家に、色白の素性の知れない女が転がり込んでくる。
こんなものは、噂にならない方がおかしい。正体がバレないとしても、陰口が繰り返され村に居づらくなる可能性も高い。
故に、彼の口から「雪女」という言葉そのものが出ないよう、口止めをしたのではないか。
その後、巳之吉が禁を破った時に姿を消した理由は何か。
雪女は思ったのではなかろうか。
この5年間、ずっとあの晩に会った「雪女」を頭の隅に置いたまま、自分を抱いていたのか、と。
その不誠実と、結局心を一色に染められなかった事に嫉妬と怒りを爆発させた、そんな結末ではなかったろうか。
雪女と出会った時のために
この先、あなたが吹雪の晩に雪女に口止めされたら、よくよく言葉には気を付けた方が良い。
口止めを守り切る自信がないのなら。
雪の降る日は、家で大人しくしているのが一番だ。
※画像はイメージです。


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