太平洋戦争末期に現在の福岡県糸島市で水上偵察機「瑞雲」の拠点となる旧海軍の玄海基地がありました。
今回は玄界基地があった糸島市でのリポートになります。
太平洋戦争末期の「瑞雲」部隊
日本海軍は偵察や哨戒の任務だけではなく、急降下爆撃や空戦も可能な水上偵察機「瑞雲」を太平洋戦争後半から実戦に投入します。
当初はミッドウェー海戦で失った空母戦力を補強する航空戦艦「伊勢」と「日向」や航空巡洋艦となった「最上」に搭載される予定であったが陸上基地での配備となった。
その基地の1つが現在の福岡県糸島市にあった玄界基地です。
玄界基地は「瑞雲」など水上機が使用する基地の1つで沖縄戦では玄海から発進し、鹿児島県の指宿基地を経て奄美大島の古仁屋から沖縄へ出撃した。
玄界は「瑞雲」を使用する第634航空隊の本部が置かれ「瑞雲」部隊の本拠地と言え、沖縄戦では九州南部を前線拠点にした展開をしていた。
志摩歴史資料館

糸島市で「瑞雲」をはじめ旧軍はどのように活動をしていたのかを知るのに良い場所が志摩歴史資料館です。
博多駅からJR筑後線(相互直通運転の福岡市地下鉄空港線でも行けます)に乗り筑前前原駅で降り、バスで15分から20分の所にあります。
資料館では古代の住居や漁業・信仰を道具や実物大のセットやミニチュアで展示し北部九州の特色である大陸との交易も展示し地元の民俗資料が主である。その中で玄界基地がある戦時中の展示もある。

訪問した時は「知られざる糸島の戦争逸話」と言う企画展で糸島に関係した戦時中のエピソードを紹介する展示が行われていました。「瑞雲」のみならず日中戦争時の敵機の飛来や軍民による防空の備え、太平洋戦争で増加させたパイロットと訓練する航空隊の増加や玄界基地の兵士と住民のエピソードも紹介され見応えがあります。

痕跡を求めて志摩船越

私が訪問した際には同行する友人がレンタカーを運転してくれたので、資料館の後で玄界基地のあった志摩船越の集落に向かいます。
志摩船越は玄界灘に面した沿岸の地域です。海に面しただけではなく引津湾と船越湾の2つ湾が志摩船越を挟んであり、発進と着水で湾を分けて使用する「瑞雲」など水上機を運用するのに適した地形となっている。
基地として住民が住む集落の中へ機体を引き込み米軍に見つからないように偽装していましたが、終戦から80年を過ぎるともはやその痕跡は無い。
玄界基地があった事を示すのは記念碑と納骨堂です。
ここがかつて基地でここから戦場へ飛び立った事を伝えている。某ゲームで有名となった「瑞雲」の足跡を辿るには糸島は良い所です。
(志摩船越は住宅地なので訪問の際は気をつけましょう)


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