第二次世界大戦と言う古今未曾有の戦中に僅か試作の2輌とは言え製造された世界最大の戦車が、ドイツのVIII号戦車マウスであり、その重量は約188トンと実にVI号戦車ティーガーⅡの約70トンの2.5倍以上に相当する。
因みに2024年10月現在の西側諸国の最新の主力戦車の重量はと言えば、アメリカ軍のM1A2エイブラムスSEPが約63.2トン、ドイツ軍のレオパルトⅡA7が約67.0トンと今でも70トン級が実用上の限界と目されている。
それは多くの橋梁等の構造物の耐荷重量が最大でもそれ以下である事が多い為で、それを理由に今も続くロシア・ウクライナ戦争でも、M1エイブラムスやレオパルトⅡの供与は有効ではないとの指摘も多かった。
今はそうした本体の重量による制約よりも、自爆無人機に対しての脆弱性の観点から戦車そのものの地上戦における優位性が低下した感が否めず、ロシア軍、ウクライナ軍ともに大規模な機甲戦力による突破は困難に見える。
但し少なくとも第二次世界大戦においては、地上戦闘の頂点に君臨していたのは戦車であり、殊に独ソ戦においてはソ連軍、ドイツ軍の双方が相手を上回る性能の戦車を投入しようとしのぎを削った。
そうした中でドイツ軍が開発を進めたのものがVIII号戦車マウスであり、量産化された戦車ではないが、その桁外れの重量故にかなりの知名度を誇る兵器となっているものと思われる。
超重量級VIII号戦車マウスの開発経緯
車体重量が約188トンにも及ぶ、規格外の超重量級であるVIII号戦車マウスの開発がドイツで実行に移される事となった背景には、軍部のつまり用兵側の要望ではなく、総統であるアドルフ・ヒトラーの肝入りであった事大きいだろう。
ドイツは自らのポーランド侵攻によって1939年9月に第二次世界大戦を引き起こした後、フランスを始めとする西方面を制圧するもイギリス本土での航空戦に敗れ、その後の上陸は果たせなかった。
そこでドイツは矛先を東のソ連に代え、満を時事して1941年6月にバルバロッサ作戦を発動、大きく北方・中央・南方の3方向に分けた軍集団を以て一気にソ連の制圧を企図する軍事行動に打って出る。
独ソ戦開始時のドイツ軍の主力戦車としてはⅢ号戦車、Ⅳ号戦車が配備されていたが、そこで遭遇した強力なソ連軍戦車達のインパクトは大きく、個々の戦車の性能でドイツは劣勢である事を知った。
殊にソ連軍が投入した中戦車のT-34は、火力・速度、そして避弾経始を狙った傾斜装甲による防御力のバランスに秀でた車輛で、俗にいうT-34ショックをドイツ軍に与えたと言うのが通説となっている。
このT-34に加えソ連軍は重戦車であるKV-1やKV-2を既に運用しており、それらに火力と防御力の両面で劣ったドイツ軍は、数で囲む接近戦を戦術として採用する事で何とか対処する事を強いられた。
但しドイツ軍のⅢ号戦車、Ⅳ号戦車は、ソ連侵攻の前年にあたる1940年5月からのフランス侵攻で、既にフランス軍のルノーB1やイギリス軍のマチルダII等の重戦車に苦戦をした経緯もあり、重戦車の後のⅥ号戦車ティガー1型の開発に着手していた。
このⅥ号戦車ティーガー1型の開発は純粋にドイツ軍の用兵側から必要に応じて開発が始められたものだったが、これを遥かに凌ぐ超重量級・VIII号戦車マウスはアドルフ・ヒトラー本人の直接の支持で開発が開始される。
アドルフ・ヒトラーが超重量級・VIII号戦車マウスの開発を打ち出したのは、未だ独ソ戦の戦況ではドイツが優位にあった1941年11月末頃とされており、ソ連軍が今以上の重戦車を投入してもそれを凌駕する事を念頭に置いた為と目されている。
こうした経緯から翌1942年3月には、クルップ社とポルシェ社の2社に重量で100トン級の重戦車の開発が指示され、アドルフ・ヒトラーは両社の案を比較した結果、ポルシェ案の採用を1943年1月に決めた。
VIII号戦車マウスの仕様
超重量級・VIII号戦車マウスの開発は、前述したようにクルップ社とポルシェ社の2社がコンペと言う形で企画案を募り進められたが、当初主砲は37口径の150mm砲や70口径の105mm砲などの搭載がアドルフ・ヒトラーから指示された。
結果的にVIII号戦車マウスは、主砲には55口径の128mm KwK44戦車砲と副砲に36.5口径の75mm KwK44戦車砲を1門づつ砲塔の同軸に配置、更にここに7.92mmの車載用のMG34機関銃1丁も加えられる。
こうした兵装を搭載したVIII号戦車マウスは、全長が10.085m、車体長が9.034m、全幅が3.670m、全高が3.630m、重量が187.998トンの超重両級の車輛となり、速度と航続距離は整地の場合時速20kmで168km、不整地の場合時速13kmで68kmとされている。
因みに量産化されたⅥ号ティーガーⅠ型は、全長が8.450m、車体長が6.316m、全幅が3.705m、全高が3.000m、重量が57.00トンであり、速度と航続距離は整地の場合時速40kmで100km、不整地の場合最大で時速25kmで60kmである。
同じく量産化されたⅥ号ティーガーⅡ型は、全長が10.280m、車体長が7.380m、全幅が3.750m、全高が3.090m、重量が69.80トンであり、速度と航続距離は整地の場合時速38kmで170km、不整地の場合最大で時速20kmで120kmとなっている。
こうして仕様の数値を比較して見ると、確かにVIII号戦車マウスはⅥ号ティーガーⅠ型よりは全幅を除き大型だが、Ⅵ号ティーガーⅡ型とは重量を除けばその数値は近似値にも感じられる。
但し両者の重量はⅥ号ティーガーⅡ型の69.80トンに対して、VIII号戦車マウスは187.998トンと、実に2.5倍以上の開きがあり、これは防御力を前者が重視し、その結果、装甲厚が大きく増した事が要因だ。
装甲厚を比べればⅥ号ティーガーⅡ型は砲塔で前面180mm、側面及び後面で最大80mm、車体の前面で最大150mm、側面及び後面で80mm、上面及び下面で最大40mmである。
これに対しVIII号戦車マウスの装甲は砲塔で前面最大240mm、側面及び後面で200mm、車体の前面で200mm、側面で最大180mm、後面で160mm、上面で最大100mm、下面で50mmとなっており、側面と後面の強化が著しい。
VIII号戦車マウスはこのように装甲厚の増加によって187.998トンにも達した車体を動かすべく、ガソリン・エンジンで発生させた力で発電機を稼働させ、そこで生み出される電力でモーターを駆動するハイブリッド型式が採用された。
この理屈は今日のカーボン・ニュートラルを狙った一部の自動車でも見られる機関構成だが、当然VIII号戦車マウスはそのような点を目的としていた訳でなく、187.998トンもの重さの車体を動かす為の苦肉の策と言えた。
当時は通常の内燃機関であるガソリンやディーゼル・エンジンで戦車を駆動させる事が主だったが、これらの力を駆動に使用するにはトランス・ミッションを介して行う事が必要となる。
しかしVIII号戦車マウスのような超重量級の戦車では、その重量故にトランス・ミッションに強大な負荷がかかる為、安定した駆動を実現させる事が難しく、それが不要となるモーターを組み合わせたと言よう。
こうした駆動の為の技術を駆使しても、前述した通り超重量級・VIII号戦車マウスは、整地でもその最高速度は時速20kmに過ぎず、Ⅵ号ティーガーⅠ型・Ⅱ型に比しても半分にしか過ぎない事は防御戦闘にしか使えなかった事は想像に難くない。
VIII号戦車マウスの実戦投入とソ連軍による鹵獲
1943年7月に独ソ戦では、現在でも史上最大の戦車戦と言われているクルスクの戦い(ドイツ軍での作戦名はツィタデレ)が行われ、局地的にはドイツ軍が戦果を挙げるもソ連軍の物量の前に結果的には敗北に終わる。
以後のドイツ軍は積極的な攻勢に出る事は困難となり、それまでに150輌の生産を目指していた超重量級・VIII号戦車マウスは1943年秋には量産化の取り止めが決定され、僅かに2輌の試作車輛が完成したのみとなった。
2輌の超重量級・VIII号戦車マウスは、1944年中盤には首都であるベルリンの南方に置かれたクンマースドルフ陸軍車両試験場へと移され、そこでの稼働で想定された走行性能も航続距離も下回ったとされている。
それらは機械的なトラブルも頻発した為、クンマースドルフ陸軍車両試験場に放置された形となったが、1945年にソ連軍のベルリンへの攻撃が秒読み状態になった事を受け、エンジンをディーゼルに換装した1輌はツォッセン近郊の司令部の防衛に投入された。
しかしこの1輌も機関部のトラブルで行動不能に陥り、ソ連軍からの鹵獲を恐れたドイツ軍は自ら破壊して遺棄、もう1輌もクンマースドルフ陸軍車両試験場でソ連軍の手に渡る事となった。
2輌の超重量級・VIII号戦車マウスを結果的に鹵獲する事となったたソ連軍は、片方の砲塔をもう片方の車体に載せて1輌として復元、自国にこれを戦利品として持ち帰り、今もモスクワ近郊のクビンカ戦車博物館に保存している。
VIII号戦車マウスの名称について
超重量級の車輛であるにも関わらず、VIII号戦車にマウスという呼称が付与された理由は、その大きさをカムフラージュする防諜上の理由と説明される事が多いようだ。
個人的にはドイツ軍が自軍の戦車にサブネームを付与し始めたのは、V号戦車パンターからであり、そこからはネコ科の猛獣の名を冠していた訳で、あまり説得力のある説には思えない。
そして仕様上の数値を仮に実現できたとしても、極端に鈍足な超重量級・VIII号戦車マウスが画期的な働きをしたとはとても思えず、その活躍の場は限りなくフィクションの中にしか存在し得ないと感じる。
featured image:DokiDotto, CC0, via Wikimedia Commons


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