海自の掃海部隊

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戦後の日本において、海上交通の回復は復興の前提条件でした。
その最大の障害となったのが、日本近海に残された大量の機雷であります。これを除去した掃海部隊は、単なる後処理ではなく、結果的に現在の海上戦力の基盤形成にも関与しています。
日本の掃海部隊について、その成立と変遷を事実に基づいて解説します。

目次

戦後の掃海と海上保安庁への移行

戦後、日本近海には連合軍や旧日本軍が敷設した多数の機雷が残存し、民間航路の安全確保と復興に向けた船舶の往来に大きな支障をきたしていました。
これに対応するため、旧日本海軍の掃海要員は解体後、第二復員省を経て復員庁の管轄下に置かれ、掃海任務に継続して従事します。
その後、1948年に海上保安庁が創設されると、掃海部門は同庁に編入され、特別掃海隊として再編されました。

1950年の朝鮮戦争では、占領下という状況の中で国連軍の要請を受け、特別掃海隊が朝鮮半島沿岸に派遣され、機雷除去任務に従事します。この派遣は法的根拠が明確でないまま実施されたものであり、危険な作戦海域での活動により死傷者も発生しています。

海上自衛隊への発展と掃海部隊の位置付け

その後、航路啓開を担っていた掃海部門は海上保安庁から分離され、1952年のサンフランシスコ講和条約発効に伴い創設された海上警備隊に編入されました。

同組織は警備隊へと改編され、1954年の防衛庁設置により現在の海上自衛隊へと移行します。この過程において掃海部隊は、沿岸防備および機雷対処能力を担う実働部隊として、再軍備の基盤の一部を構成されました。

現在、掃海部隊は海上自衛隊の自衛艦隊に属する「掃海隊群」として編成されています。
従来は機雷掃海を主任務としてきたが、近年は統合運用の進展に伴い、水陸両用作戦に関連する輸送および支援任務への関与が強化されています。ただし、水陸両用作戦の主担当は陸上自衛隊であり、海上自衛隊は輸送や揚陸支援、機雷対処を担う立場にあります。

近年の再編と任務の多様化

2015年には、おおすみ型輸送艦で構成される「第1輸送隊」、エアクッション艇(LCAC)を運用する「第1エアクッション艇隊」が掃海隊群に編入されました。
これにより、陸上部隊の輸送および揚陸能力が強化され、南西諸島防衛を念頭に置いた迅速展開能力の向上が図られています。

2022年には、多機能護衛艦「もがみ」型のうち「もがみ」「くまの」が掃海隊群に編入されました。
機雷戦能力を含む多用途任務への対応を目的とした艦であり、従来の専用掃海艦とは異なる性格を持ちます。掃海能力の補完と任務の多様化を意図した配置と考えられます。

掃海隊群は従来、自衛艦隊隷下の一部隊として運用されてきましたが、その重要性の増大に伴い、護衛艦隊や潜水艦隊と並ぶ運用単位として扱われる場面が増えています。
ただし、公式に独立した艦隊(Force)として格上げされた事実は確認されておらず、この見方は一部の分析に基づく評価に留まります。。

有事においては、日本周辺海域への機雷敷設が現実的な脅威として想定されており、海上交通の確保および作戦行動の前提として掃海能力は不可欠です。
戦後復興期から現在に至るまで、掃海部隊は継続して海上安全保障の基盤を担っています。

近年、防衛政策の大転換が行われ自衛隊は着実に実戦へ向けた備えを整えているとみられています。
戦後復興を支え、時には日本から遠く離れた地で命を懸けて機雷除去にあたる彼ら掃海部隊の安全を願わずには居られません。

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