今年のプリキュアは、ノストラダムスの予言「恐怖の大王」による世界の破滅を扱っている。
世界の破滅というと、幼少時、厚木基地の近くに住んでいたが、軍用機が通り過ぎる度に、核攻撃を想像して落ち着かない気分になったものだ。
そして「実際には核戦争は発生して自分は死んでおり、今の自分は新たにやり直した存在ではないか」と考える事があった。
世の中に流通する破滅の予言数からすると、このやり直し説も、1度考えておいた方が良いのではなかろうか。
やり直し説
やり直し、とはどういうものと考えるべきだろうか。
これが再現出来そうな考えとしては、哲学者のバートランド・ラッセルが提唱した「世界五分前仮説」というものがある。
世界は五分前に全て揃った形で発生したという思考実験で、観察者である自分自身も過去の記憶を持った状態で発生するので、その事実に気付く事がない。
この説通りの世界が作られていたとしたら、破滅に向かった世界を廃棄して、新たな世界をやり直す事は可能である。
誰が?
全知全能の神が?
この仮説は、全知全能の神の存在を必要条件とする。
こういう議論に全知全能の神を出すのは、しりとりで「ンジャメナ」を採用するような反則行為なので、五分前仮説は破棄する。
では、タイムトラベラーの存在を考えたらどうだろう。
タイムトラベラーがネットや何かに出没し、破滅系予言を残していく事は多い。
タイムトラベラーの中でも、言い逃げだけのポンコツではなく、実行力のある有能な者なら、破滅のキーになる事象をあれこれ解消して、決定的な破滅が事前に止めていたら?
だがこの時、世界は巻き戻されているのではなく、破滅のなかった世界に分岐しているに過ぎない。
巻き戻しは、観測者であるタイムトラベラー視点にしか存在しない。
時間の流れは不均質説
意思ある存在による恣意以外では「時間の流れ方が不均質」という発想がある。
漫画『銀河鉄道999』のエピソード内で、時間は結構止まったりなんたりして、安定して流れている訳ではない、という話があった。
0次元を点
1次元を線(点を動かした軌跡)
2次元を面(線を動かした軌跡)
3次元を立体(面を動かした軌跡)
とするなら、
4次元は時間(立体を動かした軌跡)
と解釈する事で、理屈に合う。
この時、3次元空間は4次元方向に移動する事で、時間の「流れ」が発生する。
すなわち、我々が感知する「時間の流れ」とは「4次元方向の運動」と解釈できる。
この「運動」が曲者で、等速直線運動ばかりとは限らない。
ルートが真っ直ぐではなく、行ったり戻ったり分岐したりすると、時間は様々に動く事になる。
もし、時間の進むルートが真っ直ぐではなく、ガタガタしていたり、時にぐるりと1回転したり、といった場合。
時間が不自然に逆行して感じる事もあり得るのではなかろうか。
だが、だとして、そのおかしな時間の流れを、あなたが記憶しているのは何故だろうか?
あなたの目から世界を見ている神
ここは、全知全能ではない、そこそこの「多知多能」程度の存在を仮定すると良かろう。
我らの「一人称」を感じている存在を「多知多能の神」と仮定する。
娯楽なのか、仕事なのか、理由は曖昧だが、神は生物の感覚器を使い世界を観察する。
これが、私や貴方が感じる「世界は自分の目から描写されている」という自我のメカニズムだ。
脳は生物の枠に囚われるため、神としての自我は認識し難いが、その片鱗として、時間の動きに高い感受性を持つとしたら。
好き勝手に動く、時間の不自然な動きをたまに認識出来る事になる。
それはデジャヴであり、破滅するかと思ったが結局破滅しなかったという記憶であり、ある種の予言者の見たヴィジョンであり、破滅のキーたる人物が破滅に繋がる行動を改めるきっかけになったものである。
生存者バイアス
文章を書く時、後で見直して訂正するように、時間を往き来しながら、人は行動を最悪から少しマシに修正しながら生きている。
そういう可能性はないだろうか。
では、そういった時間の巻き戻しによる修正ですら訂正しようのない、破滅的な引き返せないルートに入ったら?
それが、すなわち生物の絶滅であり、どこかの星で既に発生し、「多知多能の神」が何番目かの観察対象として、この地球のあなたを選んだ、という因果関係ではないだろうか。
我々が、破滅を予感しながら、生き伸びているような気がするのは、奇跡ではなく生存者バイアスに過ぎない。
今も、ギリギリのタイミングで世界が守られている可能性はある。
そう考えれば、破滅の予言をわざわざ外から取り込む必要はなく、むしろ破滅の方が常態なのかも知れない。


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