日本人の信仰の原点には、自然崇拝があるといわれる。
古くから人々は、山や川、海がもたらす恵みに感謝し、ときには災害という圧倒的な自然の力に畏怖の念を抱いてきた。
広く見れば、天体や星、動植物、さらには岩にまで、神が宿ると考えられている。
身近な自然の中に神性を見出すことは、日本人の精神文化の大きな特徴といえるだろう。
なかでも、古くから人々の暮らしと深く結びついてきたのが山である。
山は生活に欠かせない恵みをもたらす場所であり、神々が宿る神聖な領域とも考えられてきた。そのため各地でさまざまな山の神が信仰されてきた。
オオヤマクイ、ククリヒメ、コノハナサクヤヒメなど、その姿は実にさまざまである。
その中でも、とりわけ広く信仰されてきた山の神がオオヤマツミ(大山祇神)である。
神話におけるオオヤマツミ
オオヤマツミが登場するのは、イザナギ・イザナミによる神生みの場面である。
『古事記』では国生みの後に生まれた神の一柱とされる。一方、『日本書紀』には異伝があり、火の神カグツチを斬った際に生じた神々の一柱として語られることもある。
その後、オオヤマツミは天孫ニニギノミコトの物語に登場する。
コノハナサクヤヒメとイワナガヒメの父であるオオヤマツミは、二人の娘をニニギのもとへ送り出した。
しかしニニギは、美しいコノハナサクヤヒメだけを妻に迎え、醜い容姿のイワナガヒメを実家へ送り返してしまった。
なかなか失礼な話である。
イワナガヒメを送り返されたオオヤマツミは、そのことを嘆いてこう告げた。
「イワナガヒメには岩のような永遠の命を、コノハナサクヤヒメには花が咲き誇るような繁栄を託し、二人をともに差し出した」
これは、天孫の命が岩のように永く続き、花のように栄えるようにという願いと誓約によるものだったが、願いは実現しなかった。
人間は永遠の命を得ることができず、花のように美しくも儚い寿命を持つようになったとされている。
山神信仰とオオヤマツミ
山神といえば、オオヤマツミと筆者は考える。
その畏敬の念は、日本人の精神文化の中に古くから息づいてきた。
山は木材や水、食料など多くの恵みをもたらし、人々の生活を支えてきた。また、古代の海上交通において、山は重要な目印でもあった。
そのため人々は山を敬い、神を祀り、山へ入ることで神威に触れられると信じた。
出羽三山信仰や熊野信仰、白山信仰などは、その代表例といえるだろう。
各地の集落には山神社が祀られ、「山の神=やまのがみ」として親しまれてきた。
筆者の出身地域にも山神社があり、そこには「やまのがみ」が住むと語られ、畏れ敬われていた。
こうした山岳信仰の中心的な神として、多くの地域でオオヤマツミが信仰されてきたのである。
ここで興味深いのは、オオヤマツミ信仰の総本社とされる大山祇神社が四国にあることだ。
同社は伊予国一宮であり、かつては官幣大社にも列せられた格式高い神社として知られている。
オオヤマツミを祀る神社は関東から東北、さらには北海道にまで広がっている。
また、源氏や平氏をはじめとする武家からも戦勝の神として崇敬され、多くの武具が奉納されたことで知られている。
これほど全国的に信仰を集めた神でありながら、その総本社がなぜ四国にあるのかは興味深い謎の一つである。
瀬戸内海の海上交通との関係を指摘する説もあるが、はっきりした答えは見つかっていない。
建立の起源も神武東征の時代にまで遡ると伝えられており、その歴史の古さもうかがえる。
古史古伝によるオオヤマツミ
一方で、オオヤマツミそのものについては、古史古伝の中に興味深い解釈が残されている。
その一つが「ホツマツタヱ」である。
「ホツマツタヱ」は「古事記」や「日本書紀」とは異なる独自の伝承を伝える古史古伝であり、学術的には古代の歴史資料として認められていない。
その中で、オオヤマツミは一人の固有名ではなく、複数存在した役職名のように描かれている。
大山とは現在の神奈川県伊勢原市にある大山を指し、その地域を統治する人物が「ツミ」と呼ばれていたとも解釈されている。
「ホツマツタヱ」には、あるオオヤマツミであるサクラウチが娘をアマテルに嫁がせたという話が伝わる。
ここでいうアマテルは、同書において男神として描かれる存在である。
また、アマテルが王となる際には、オオヤマツミは重臣級の立場にあったともされている。
さらに、この大山周辺一帯はオオヤマツミ一族の支配地域であり、その東側が高天原と呼ばれる神々の領域だったという解釈もある。
もしそうであれば、オオヤマツミは王都を守る最前線を任された極めて重要な存在だったことになる。
もちろん、これによって四国の大山祇神社との関係が説明できるわけではない。
「古事記」や「日本書紀」では山の神として語られる一方、武家からは軍神として崇敬され、古史古伝では政治や軍事を担う有力者として描かれている。
伝承によってその姿は大きく異なり、オオヤマツミがいったい何者だったのかは今なおはっきりしていない。
featured image:玉蘭斎貞秀, Public domain, via Wikimedia Commons


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