10年前の春、長期出張を命ぜられた。
私には家族があり、出張先に連れてくるわけにはいかない。妻と子どもは地元に残し、私は一人暮らしをすることになった。つまり「単身赴任」。
勤務地はE県M市。温泉で有名なこの街は、温暖な気候と穏やかな地域性を持ち、しかも県庁所在地でもあるため、家賃はそれなりに高く、問題は家賃だった。
妻から言い渡された家賃の上限は「3万円以内」。しかし、M市の中心部は6畳の1Kでも5万円前後が相場。
そんな不安を抱えながら、不動産屋を訪れた。
対決!不動産屋
不動産屋で紹介された物件は、案の定、5万円以上のものばかり。
担当の営業マンは若く、熱心に話を聞いてくれるが、営業目標があるのだろう。高い物件ばかり紹介してくる。
私は次第にうんざりし始め、変化に気づいたのか、営業マンは小声でこう言った。
「本当に安さだけが最優先ですか?」
私は迷わず「はい」と答えた。
すると、営業マンは少し周囲を気にしながら、小さな声で話し始めた。
「・・・・・・ここだけの話ですが、事故物件なら格安のものがあります」
紹介されたのは、6畳1K、県庁まで自転車で5分の好立地、それが家賃2万円と破格の安さだった。
どうやら過去に人が亡くなった部屋らしい。
しかし、私は霊感などまったくない。
迷う理由もなく、すぐに契約した。
始まった単身赴任生活
単身赴任先での仕事が始まった。一人暮らしの生活は学生の時以来、なんか清々しい開放感ばかりで、寂しさなど一切感じない。
いくら飲んで帰っても、部屋の中でパンイチで過ごしても怒られない、なんてパラダイス!
新しい営業所での仕事は、いままでと内容は変わらないのに新鮮に感じられて、やりがいも湧いてくる。
しかし、住み始めてしばらくすると、妙なことが起こり始めた。
仕事がうまくいくと、なぜか決まって悪いことが起こる。
最初は新しい環境に馴染めきれてないニアミスや気のせいだと思っていた。
しかも暫くすると、家の中での異変が顕著に現れるようになっていった。
最初はとにかく物が消えた。どれだけ探しても見つからず、ところが突然に発見される。認知機能が落ちたのかと心配になったが、そんな歳でもないし、まず、ありえない場所。
それに、「お前の大事なものはすべて奪ってやる」という不気味な声が頭の中で響く、悪夢を頻繁に見るようになった。
トイレの違和感
それでも知らず知らずに単身赴任の心労が溜まっているんだと、気にしないように過ごし、3年が経過した頃だった。
トイレで用を足していると、床下から何か変な音が聞こえてくる。
耳を澄ませば何かが蠢くような音がするが、ユニットバスについている小さなトイレなので、床に耳を当てて確かめるのは、狭いしなんか汚いから嫌だ。
一旦、なかった事にしていると、ある日、足の裏に違和感を感じた。
なんだろうと、小さなヒビが入っているのを見つけた。
古いニットバスのヒビから水が漏れて、下の階の部屋を水没状態にしてしまい、補償料をガッポリ払わされた話を思い出し、慌てふためき業者を呼んでもらって点検を依頼した。
床下のアレ
作業員4人が訪れ、点検を初めて少しした瞬間。
「ぎゃあああああ!!!」
屈強な男性作業員が悲鳴を上げ、その場で泡を吹いて倒れた。
もう1人がトイレの床に指をさして、慌てふためいている。
どうしたの?と覗き込んだ私の目に飛び込んできたのは、大量の長い髪の毛と、私がこれまで失くして見つからなかった私物。
その場にいた責任者が、青ざめた顔で呟いた。
「これは蓋をせんといけん。ごくまれにこういうことがある。知り合いの神主さんに祈祷をしてもらわないと」と私に告げた。
霊感がまるでない私も、さすがに絶句した。
祈祷そして
どうも思った以上に事は重大だったようで、その日のうちに神主さんがやってきてお祓いをしてくれた。
するとどうでしょう、不思議な現象はぴたりと止まり、仕事は順調になった。
私が知らないだけでこんな事もあるんだな・・・と実感し、家族に初めて今までの事を話したら、呆れられた以上に大笑いされててしまった。
未だに単身赴任の私。
今でもトイレに入るたびに床の蓋に向かって手を合わせる。
「どうか、成仏してください」
ところで、これは呪の類で、引っ越したら単身赴任から開放されるなんて事あると思う?
※画像はイメージです。
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