血圧管理のため、Bluetooth連携型の家庭用血圧計を二年前から使い続けている。測定値は専用アプリに自動送信され、日時・収縮期血圧・拡張期血圧・脈拍がタイムスタンプ付きで記録される仕様だ。
去年の十一月、朝アプリを開くと、深夜三時十四分の記録が一件増えていた。測った覚えがない。数値は百二十二の七十八、脈拍六十一。異常値ではなく、自分の普段の平均に近い数字だった。
数値を見た瞬間、腕の内側、いつもカフを巻く位置に、鈍い圧迫感が蘇った気がした。実際には何も巻かれていない。それでも、皮膚の記憶だけが、測定された事実を裏付けているように感じられた。
製造元のサポート窓口に問い合わせた。デバイス側にログの誤送信や再送機能は存在しないという回答だった。ペアリングされている端末はスマートフォン一台のみで、他のBluetooth機器との干渉記録もない。
説明は理解できた。理解できたことと、夜、部屋の照明を消せなくなったことは、別の話だった。
翌月、寝室に定点カメラを設置し、血圧計本体を撮影範囲に収めた状態で就寝した。
深夜、浅い眠りの中で音を聞いた。空気を圧縮する、シュ、という短い音。カフが空気で膨らむときの、聞き慣れたあの音だった。体を起こそうとしたが、腕に力が入らなかった。右腕にだけ、はっきりとした締め付けを感じた。数秒後、締め付けは緩み、そのまま意識が落ちた。
翌朝、アプリには午前二時四十七分の測定記録が残っていた。数値は百十八の七十四、脈拍五十八。時刻は、音を聞いた記憶とほぼ一致していた。
録画を確認した。その時刻、血圧計には誰も触れていない。カフが膨張する動作も、本体のライトが点灯する様子も映っていない。映像には、何も起きていなかった。
映像と体感の間にある食い違いを、どう処理すればいいのか分からなかった。音を聞いた。締め付けを感じた。それなのに、映像には何も記録されていない。自分の知覚のほうが誤っているのだと考えようとしたが、右腕に残った圧迫の感触は、寝起きの数分間、消えなかった。
血圧計の使用は中止したが、電源は入れたままにしている。捨てる、という選択肢が、なぜか頭に浮かばない。
家庭用医療機器の異常ログについて、公開されている消費者相談データベースを自分で検索した。同型機種における同様の報告は見つからなかった。この現象を裏付ける類似事例は、現時点で見つけられていない。
孤立した事例だという事実が、かえって落ち着かない。
いま確認できる最新のログでは、深夜の記録が過去四か月で九件ある。収縮期血圧はゆるやかな上昇傾向を示し、百十八から直近では百三十四に達した。
回を重ねるごとに、右腕の締め付けは強くなっている。前回は、目を覚ましている数秒の間、指先の感覚が失われた。
誰かの血圧が、少しずつ上がっている。そしてその測定は、少しずつ、私の体を使うようになっている。それだけを、ここに記録しておく。
※画像はイメージです。


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