午前二時の内線

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これは私がまだ若かったころの話です。
今から四十年近く前になりますから、細かいところは記憶違いもあると思います。ただ、電話が鳴ったことと、その番号については今でも覚えています。

当時、私は地方の総合病院に勤めていました。
病院といっても、私は医師でも看護師でもありません。事務関係の仕事です。当時はほとんど紙の書類で、電話も今とはずいぶん違いました。

私が夜勤をしていた建物は、本館ではありませんでした。
病院の敷地の端に、昔の職員寮だった建物がありまして、そこを倉庫や事務所として使っていました。古い建物ですから、冬は寒いし、夏は暑い。私は北海道出身ではありませんが、冬の夜にあの建物で仕事をしていると、本当に寒かったことを覚えています。

当時の上司は少し変わった人で、夜勤のときに眠くなったら勝手に仮眠していい、その代わり何かあったら責任を持て、という人でした。
今考えるとかなり大らかな職場です。
私自身も若かったので、仕事が終わったあとに同僚と飲みに行くことが多く、翌日の朝に眠い顔をして出勤することもありました。妻と結婚する前の話ですから、家に帰っても文句を言う人はいませんでした。

どうでもいい話ですが、そのころ使っていた車が古いカローラで、これがまたよく故障しました。
なぜこんなことを書いているかというと、そのころのことを思い出すと、この夜のことも一緒に思い出すからです。

その日は夜勤でした。
午前二時を少し過ぎたころ、廊下の突き当たりに置いてあった内線電話が鳴りました。
その電話は普段ほとんど使いません。
古い電話ですから、ベルの音も今の電話とは違います。甲高い音で、静かな建物の中ではかなり大きく聞こえました。
私は受話器を取りました。
向こうから女性の声が聞こえました。
年齢までは分かりませんでしたが、若い感じではありませんでした。まだ人がいるのかを確認するような内容でした。

私は相手が誰なのか分からなかったので確認しようとしましたが、返事ははっきりしませんでした。
そのとき、電話機の横にある番号表示を見ました。

314。

私はその数字を見て、少し変だと思いました。
その建物に314号室などないからです。

当時の内線番号は部屋番号と一致していない場合もありましたが、私の知っている限り314という番号は使われていませんでした。
電話を切りました。すると、すぐにまた鳴りました。
今度は取らずに放っておきました。しばらく鳴ったあと、電話は切れました。

翌朝、そのことを上司に話しました。
ここから先は、私もそのときまで知らなかった話です。
昔、この建物には職員寮があり、314という内線番号が実際に存在していたそうです。
314号室という意味ではなく、三階のある部屋に割り当てられていた番号でした。

ただ、その部屋はかなり前になくなっていました。
さらに、その部屋の近くには昔、職員用の浴室があったそうです。
その浴室で、女性職員が亡くなったことがありました。

これは事故というより病気だったと聞いています。
その女性は浴室で倒れ、翌朝になって発見されたそうです。
私は当時、その話を聞いてもそれほど怖いとは思いませんでした。
病院ですから、亡くなる人はいます。
仕事柄、死というもの自体は珍しくありません。
ただ、少し気になったのは、その女性が亡くなったあと、浴室の水道に不具合が続いたという話でした。

誰も使っていないのに水が出ることがあり、修理してもまた水が出る。
結局、その浴室は使われなくなり、後になって撤去されたそうです。
このあたりは私も人から聞いた話なので、どこまで本当だったのかは分かりません。

それから数日後です。
また夜勤でした。
私はこの日は昼間に寝不足で、仕事をしながらかなり眠かったことを覚えています。
昔から私は寝つきが悪く、今でも夜中に何度か目が覚めます。年を取ると余計にそうなりました。

そんなことを考えながら仕事をしていると、午前二時過ぎにまた電話が鳴りました。

表示は314でした。

私は少し迷いましたが、受話器を取りました。
前と同じ女性の声でした。ただ、今回は声の後ろに別の音が聞こえました。

水の音です。
蛇口から水が流れているような音でした。
かなりはっきり聞こえました。
私は電話を耳から少し離して確認しましたが、やはり聞こえます。

女性の声は、水を止めることを求めていました。
私は電話を切りました。
その日はもう電話には出ませんでした。

翌朝、設備担当の人に確認してもらいました。
当然ですが、水は流れていませんでした。
それどころか、314の内線そのものが、かなり前に廃止されていたことが分かりました。

電話機が古いとか、接触が悪いとか、そういう話ではありません。
314の回線は交換機から切断されていました。つまり、普通に考えれば314から電話がかかってくること自体がおかしい。
後になって古い職員から聞いた話では、その女性職員が亡くなった翌朝にも、浴室の水が流れていたそうです。

誰かが蛇口を閉めたあともしばらく水音がしていた。
そして水音が止まった直後、浴室の横にあった内線電話が一度鳴った。

それが314だったという話です。

ここまで書いておいて何ですが、私は幽霊を見たわけではありません。
女性の姿も見ていません。

電話の向こうから声を聞いただけです。
しかも四十年近く前の話なので、記憶違いもあるでしょう。
当時の電話設備について私が詳しく知っていたわけでもありません。

ですから、あれが何だったのか、私には分かりません。
ただ、一つだけ妙なことがあります。
二度目の電話で聞こえた水音が、今でも妙に記憶に残っています。

ザーッという普通の水道の音でした。
病院には機械の音もありますし、配管の音もします。古い建物でしたから、何か別の音を電話越しに水音と勘違いした可能性もあります。

電話の回線が異常を起こして、どこか別の音を拾った可能性だってあります。
そう考えれば、別に怪談でも何でもありません。
ただ、314の回線がすでに切断されていたことだけは、今でも引っかかっています。そして、その番号がかつて使われていた部屋の近くで、女性が亡くなっていたことも。

私はその後、その建物で夜勤をすることはなくなりました。
退職してから何年かして病院の前を通ったことがありますが、建物はもうありませんでした。

私も今年で六十代になりました。
当時一緒に働いていた人間の中には、もう亡くなった人もいます。
あの電話のことを知っている人も、ほとんど残っていないと思います。
だから、この話を確認することもできません。
それでも、夜中に古い電話が鳴って、存在しないはずの314という番号が表示されたことだけは、今でもはっきり覚えています。

佐伯@夜勤経験者

「奇妙な話を聞かせ続けて・・・」の応募作品です。
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※画像はイメージです。

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