瀬戸内海の大三島に伝わる民話です。
瀬戸内海に浮かぶ島、大三島の南のはしに、宗方という村がある。
その村はずれに総津という、美しい砂浜があり、そこをとんどん歩いて行くと、大きな大きな岩がある。
その岩にまつわるむかし話。
婆の岩
ずっとむかし、宗方に、ひとりぐらしの婆さんがおった。
ある日のこと、畑から帰ってきた婆さんが、「浜で、なんぞ、貝でも拾うて晩のおかずにでもしょうかい。」と思って、総津の砂浜へすたすたとおりていったそうな。
ところが、どうしたことか、その日にかぎって「はまぐり」が一つも取れなかったんだと。婆さんは、「はて、こまったぞ。今晩のおかずはどうしたもんじゃろかなあ。
と、ぶつぶつ言いながら、なにげなしに、そこにあった大きな黒い岩にこしかけたそうな。
大きな黒岩にはポッカリ穴があった。
そこに、大きなたこが、ぐにゃぐにゃと手足をのばしてねているではないか。
婆さんは、もう、こしがぬけるぐらいびっくりしてしまって。あわててあともどりしかけた、その時。岩のわれ目から、にゅうっと、太い足が一本出てきた。
こしをぬかした婆さんは、よっぽどにげようと思ったが、ふと、かまをこしにさしておったことに気がついて、そいつをさっとぬくがはやいか、「えいっ」とばかり、その足をめがけてふりおろした。
そうしたら、うまくいったようで、たこの足に命中して、ズバッとばかり、たこの足が切れて落ちた。
婆さんは、もう、夢中でその足をつかむなり、すばやく砂浜から上がると、後ろもみないで家に帰った。
その晩、早速、たこの足をゆがいて食べてみたら、その味のうまかったこと、うまかったこと。
それに味をしめた姿さんは、「あのたこのやつ、きょうもまだあの岩の穴におるにちがいない」と思ったものだから、あくる日にもまた、行ってみたそうな。
そうしたら、あんのじょう、たこはまだおるじゃあないか。
婆さんが、「しめ、しめ」と思い、きのうと同じように岩にこしをおろすがはやいか、たこが、にゅっと、太い足を一本出してきたんで、今度は落ち着いてその足を切り落として持ってかえったそうな。
こんな具合に、それから毎日一本ずつそのたこの足を持って帰っていたので、とうとう、たこは一本足になってしまった。
そこでやめたらよかったのに、よくばりな婆さんは、「きょうは、ついでに頭も持って帰ってやろう。」
と、思いながらすたこらすたこら外の岩まで行った。
たこが、いままでどおりに、一本しかない足を、にゅうっとのばしてきたものだから、エイ、ヤッとばかり婆さんがかまをふり上げたところ、ありゃりゃっと思うまもなしにその足が婆さんに巻きついて、ズズーッと姿さんを、岩のわれ目にひきずりこんでしまったそうな。
晩になっても婆さんがもどらないというので、村中が大さわぎになった。
どこへ行ったんだろうと、村の皆があくる日、総津の浜をさがしていたら、大きな岩のとこに、婆さんのかまが落ちとったそうな。
それからというもの、村の人は、その岩のことを「姿の岩」とよんで、おそろしがって、だれひとり、近づく者がおらんようになったそうな。
おしまい。
解説と考察
海の浜近くの昔の暮らしぶりが垣間見え情景が思い浮かぶところがとても好きです。
一人暮らしの老婆の背景、生活の為にハマグリを取りに行ったのになくて、大きなタコの足を得ての喜びようと、また明日も、また明日も、と欲をかいたせいでタコの餌食となったであろう結末がなんとも心を寂しくさせます。
ハマグリをひろうことは副食を自給する必要性を感じ、落ちていたカマからは農耕で日々やりくりしていたであろうことがうかがえ、心細く哀れな情況がみえます。
老婆を襲うほどのタコとはどんな大きさだったのか。思いを巡らせると、タコの未知の神秘的存在のイメージを思い浮かべ、なんとも民話らしい民話だと思います。
※画像はイメージです


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