美大生だったら・・・できれば泊まりこんで制作したいよね？

これは十数年ほど前の話・・・。
私が美大を卒業したあとの話です。

美大生の現実

美大生じゃなければ知らないでしょうが普通の大学生とは違い、在学中は常に課題に追われます。
作品の出来以前に、〆切に間に合わないと単位がもらえません。
「できれば泊まりこんで制作したい」・・・おそらく誰もが一度は思うでしょう。

私が通っていたその美大には、大学院生しか泊まれない仮眠室がありました。
毎日徹夜でがんばりながらトボトボ家に帰るしかない大学生を尻目に、大学院生だけは数日前に申請しさえすれば泊まることができるのですが、ふだんは電車を逃した教授や助手が申請無しで自由に使っているという話です。

なんとか卒業制作を提出して晴れて卒業！
もうこんな〆切生活とはおさらば・・・・と思っていたある日のこと。

大学院に進学して、みんなより数年は余分に徹夜生活を送っている友人から「卒業制作を手伝ってくれないか」と頼まれました。
私はもう卒業してしまっているし、何より、そのとき住んでいた家から遠かったので正直面倒くさいので、断ろうかな？と思ったのですが、食事をおごるし交通費も出すというのです。

それから、
「例の仮眠室を借りて、校内に泊まることになっている。」
「ベッドはシングルだし部屋も狭いけど、こっそり一緒に泊まらないか？」
と打診され、あの仮眠室に泊まれるのは面白そうだ！と引き受けることにしました。

じっさい卒業制作の手伝いをしているところは、書いても退屈でしょうからとばしてしまうとして・・・。

その日の作業を終え、かなり夜遅い時間。
私と友人は教授や警備の人に見つからないよう、少し時間をずらして別々にアトリエから出て、仮眠室がある棟の入口で合流し、いざ中へ。

部屋はビジネスホテルのシングルルームくらいの広さで、不釣り合いに良い家具が・・・と思ったのを覚えています。
それと驚いたのは、部屋の床中に転がっている大量の虫の死骸。
窓からドアにかけて、出口を探すように列になって死んでいるのです。

とはいえ私も友人も疲れていましたし、この世に美大生ほど細かいことを気にしない人間もいませんから、まったく気にせず、荷ほどきもそこそこに二人ともバッタリとベッドに倒れて寝てしまいました。

そして、私はものすごい身体の痛みと共に目を覚ましました。
首から下がまったく動きません・・・人生初の金縛りです。
このときはまだ、金縛りってこんな感じなんだ！
科学的に過労の時に起きるんだっけ？と面白がるくらいの余裕があったのですが。

ベッドの端のほうに、とんでもない物が転がっているのに気づいて凍りつきました。
そこにあるのは・・・人間の・・・下あご？
骨がむき出しになっているところと、肉が残っているところがあり、それがベッドの上をゆっくりと這っている。

さらにその向こう、部屋の奥の方には、もっと大きなものがうずくまっていました。
人間・・・黒髪でおかっぱ、若い見知らぬ女性。
よくみれば、下あごがない・・・残っているのは上唇から上、そしてむき出しの舌という事は。
やはりそう、下あごのないその女性は、ずるずる、ずるずる、と腕だけで這って近づいてくる。

悲鳴を上げたくても金縛りにかかっているものですから、のどからは何の音も出てきません。
必死に目だけで横を見ると、友人はぴくりともせず眠っています。

本能的に、あの女性がベッドの下あごと合流したら終わりだなと感じます。
腕だけでにじり寄る女性の手が、あともう少しで届くほどの距離になったとき。

――私は唐突に「はっ」と目を覚ましました。
部屋には明かりが点き、窓の外から朝日が差しています。
先に起きた友人が、いつまでも眠っている私を起こそうと、電気を点けてカーテンを開けてくれたのでした。
ベッドの上の下あごも、こちらに近づこうとしていた女性も、すっかり消えてなくなっていました。

先に起きて明かりを点けてくれなかったら？
どちらかがひとりで泊まっていたら？
私はぞっとしながら、友人にさっきまで見えていたもののことを話しましたが、笑われておしまいでした。

それからちょっと経ってから、友人が教授から聞いた話によれば、あの仮眠室にはお化けが出るから誰も泊まらない・・・という事だったのです？
「だったら普段、終電逃した教授達が使っているではないのか？」と問い詰めると、申請無しで泊まれる教授向けの仮眠室はそこじゃないという事でした。

どうやら、むかしこのあたりの土地で殺された人骨が多数発見された、曰くありな場所らしいのです。

※画像はイメージです。

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