誰もがうらやむ一攫千金の夢。毎年12月には、その年最後の運試しとして年末ジャンボ宝くじの購入を恒例行事としている人もいるのではないだろうか。
「1等が当選する確率は雷に打たれる確率より低い」などという、わかりにくい確率論もまかり通っているが、それでも一攫千金の夢をつかみとる強運の持ち主はたしかにいる。
そもそも「宝くじなんて当たるわけがない」と思っている人は、まず当たらないのだ。なぜなら、そういう人は宝くじを買わないだろうから。
もし宝くじに当選し、一夜にして大金を手にしたとき、その後の人生はどう変化するのだろう。
世界には、高額当選をしたばっかりに人生が狂ってしまった残念な人の例がいくらでも存在する。
35億円を手に入れたエイブラハム・シェイクスピアに待っていたのは「死」だった。
夢の高額当選は不幸のはじまり?
日本では考えられないが、アメリカでは高額当選者は実名で公開される。
そうしないと本当に当選者が出たことがわからず、くじ自体がイカサマだと思われかねないからだ。高額当選者の報道は、公明正大に当選したことを世間に知らしめる効果があり、それを見た人々の購買意欲をくすぐることもできる。
事業の透明性を高めるうえに、よい宣伝にもなるのだから、主催者側にとってはメリットだらけといえるだろう。
では当選者にとってはどうか。
彼らは全米に個人情報がさらされて、当選金額まで知られてしまう。主催者側のメリットが、時に当選者の大きな悲劇を生むことは容易に想像できる。
2006年、アメリカ・フロリダ州。
貧乏だが気のやさしい一人の青年の運命が大きく変わろうとしていた。
人生の一発逆転
エイブラハム・シェイクスピアはフロリダ州で暮らす、ごく普通の青年だった。
貧しい家庭で育った彼は教育を受けられず、読み書きすら満足にできないまま大人になった。
トラック運転手や日雇い労働者として生計を立てていたエイブラハムであったが、人生が激変したのは2006年のこと。
コンビニで何気なく買った2枚のロトくじのうち、なんと1枚が大当たり。当選金額は、日本円にして35億円。ニュースは瞬く間にひろがり、彼は一躍時の人になった。
アブラハムは税金が引かれた20億円を一括で受け取る方法を選び、全額を現金で家に持ち帰った。なぜなら、一家は銀行口座を持っておらず、この大金を自宅で保管するしかなかったからだ。
エイブラハムが最初に手に入れたもの、それは新しい家だった。おかげで労働者階級のひしめくエリアから脱出することができた。買い物はロレックスに高級車とつづくが、散財はここまで。もともと物欲が希薄だったエイブラハムは、贅沢が性に合わなかったのかもしれない。
しかし、そんなエイブラハムに音もなく魔の手が忍び寄る。
金づるにされて人間不信に
大金を手にしたとはいえ、とくに自分を見失うことはなかったエイブラハム。ところが高額当選の噂を聞きつけた親族や、見ず知らずの人々が次々と寄ってきては借金や経済的援助を申し込むようになった。頼まれるがまま援助しつづけたが、それらは一度も返ってくることがなかった。
エイブラハムは自分がだまされ、利用されている気がして悲しかった。
金を無心される日々は2年もつづき、彼はすっかり人間に嫌気がさして、友人たちとも疎遠になっていく。
救世主登場
そんな時、彼の前に現れたのがドリス・ムーアだった。ジャーナリストを名乗る彼女は、「あなたの自伝を出版しませんか?」ともちかけて、読み書きができない彼のために資産管理のアドバイザーを買ってでる。
この2年間、彼に近づいてきたのはハイエナのような人間ばかりだった。彼らと違い、金には興味を示さず、親身になってアドバイスしてくれるドリス。エイブラハムは彼女に心を許し、当選金を自宅で保管していることを打ち明けた。
「せっかくだから、今、あなたが持っているお金で資産運用をしたら? お金を管理する会社を設立するのよ。現金は、すべて会社の口座に入れておけばいいわ」
学のないエイブラハムには会社のつくり方などわからない。ドリス主導で会社を立ち上げ、残りの当選金を言われるままに会社の口座に移した。口座の管理は、すべてドリスが行った。ドリスという頭のよいパートナーを得てからは、まるで人生がグレードアップしているようないい気分だった。
最悪の結末
ある日、めずらしく早起きしたエイブラハムがポストの郵便物を確認すると、口座の残高明細が銀行から届いていた。確認すると、ドリスに預けた金額が、なんと半分に減っている。ドリスに問い詰めたところ、彼女は平然とこう返した。
「ちょっと別の口座に移してるだけだから、心配ないわ」
もちろん、この言葉は真っ赤な嘘。ドリスの狙いは最初から当選金だった。そのためにエイブラハムの信用を勝ちとり、自分が自由に金を引き出せるシステムをつくりあげたのだ。彼女は銀行から明細書が届く日の早朝にポストに行き、それがエイブラハムの目に触れる前に処分していた。そして、エイブラハムの当選金でセレブ生活を満喫していたのだ。
エイブラハムが忽然と姿を消したのは、それからまもなくのことだった。人々は噂した。
「金をたかる寄生虫のようなやつらにうんざりしたんだろうよ。そりゃ、この街から離れたくもなるだろうさ」
しかしこの時、すでにエイブラハムはこの世の人ではなかった。
嘘は嘘によって暴かれる
エイブラハムが消えたあと、ドリスは彼の家に堂々と移り住んだ。彼女はエイブラハムになりすまし、しばらく旅行に行くというメールを両親や友人たちに送った。エイブラハムがまだ生きているようにみせる偽装工作だ。
そして半年が過ぎたころ、警察がやってきた。不審に思ったエイブラハムの母親が捜索願を出したのだ。
「なぜ警察が動いてるの? とにかく、早く手を打たなければ……!」
ドリスは、少し前にバーで知り合い意気投合した男を思い出した。前科があり、金のためならなんでもやると言っていたグレッグ。
あの男なら、殺人の罪をかぶってくれる人間を探してくれるかもしれない。商談は成立し、グレッグは一人の男を連れてやってきた。
三人は、エイブラハムの遺体を移すために、遺体がある場所へ。掘り起こすと、それはすでに白骨化していた。
みんなで遺体を運び出そうとした時、グレッグがふいに手をとめて、静かに言った。
「警察だ。きみを逮捕する」
じつは母親からの捜索願が出された時点でドリスはマークされていた。グレッグは彼女の行きつけのバーで客を装って近づき、出所したばかりと偽って、自分を信用させていたのだった。もちろん身代わり役の男も警察官。
「殺人の身代わりになってほしい」という発言とエイブラハムの遺体が証拠となってドリスは逮捕。第一級殺人罪により終身刑が下された。人をだまして金を奪い、あげくに殺人まで犯した彼女は、今度は自分がだまされることになったわけだ。
幸か不幸か
高額当選金のみならず、不運も手に入れてしまう人々——。彼らの性格や生き方に問題があつたのかどうかはわからない。
しかし高額当選者を追跡調査すると、人生が悪い方向へ転がってしまったケースのほうが多いとの指摘もある。そのような場合、大金が人生を暗転させる引き金になったことは十分に考えられる。
「貧乏とは持たざる者のことではない。多くを欲しがる者のことだ」と言ったのは誰だったか。
日本では高額当選しているにもかかわらず、換金されないまま放置されている宝くじが多く存在するという。彼らのなかには、人生が激変することを恐れるあまりに、あえて換金しない選択をした賢者もいるのではないだろうか。
※画像はイメージです。
featured image:jacqueline macouによるPixabayからの画像
思った事を何でも!ネガティブOK!