ダイダラボッチは日本各地に伝わる巨人伝説の中でも、とりわけスケールが大きい。
山を持ち上げ、湖を掘り、平野を踏み固めたとされるその姿は、人間の尺度を大きく逸脱している。
ダイダラボッチの伝承を考察していく。
『常陸国風土記』に描かれた巨人
ダイダラボッチの起源とされる『常陸国風土記』には、「ダイダラボッチ」という名称は登場しない。記されているのは、水戸市周辺の大櫛と呼ばれる地に棲んでいたとされる正体不明の巨人。
この巨人は海の水をすくってハマグリを食べ、その貝殻が積み重なって丘となったと語られ、足跡からしても、現実の生物とは到底釣り合わない大きさで描写されている。
すると、ダイダラボッチという名前の由来が気になる。
「ダイダラ」は地面を踏み鳴らす、引きずる、ならすといった重く鈍い動きを表す擬音、あるいは「だいら(平ら)」に通じる地形語彙と考えられる。一方の「ボッチ」は、「坊」「法師」などの語尾が崩れたものと見るのが妥当だ。
つまり、現象と呼称が合わさった可能性は高い。
『常陸国風土記』以外にも、山を持ち上げ、湖を掘り、数十メートルに及ぶ足跡を残すというような伝承が数多く残っている。
その中でも代表的なのが茨城県にある筑波山である。
なぜ二つの峰を持つようになったかを、ダイダラボッチが山を持ち上げた際に割れたためだと語られ、筑波山は高すぎたため、土を削って富士山を高くしたという話もある。
ダイダラボッチとはなんなのか?
ダイダラボッチは、実在した巨人ではない。考古学的にも人類学的にも、その存在を裏付ける証拠は確認されていない。
何だったのかとすると、体格や外見の異なる外来者の存在を想定する説が挙げられることがある。
弥生時代から古墳時代にかけての日本人の平均身長は現代より低く、大陸から渡来した人々の中には、当時の感覚では明らかに大柄に見える者も存在した可能性がある。
言語や文化の違いに加え、身体的特徴が際立っていれば、その存在が噂として誇張されること自体は不自然ではない。
しかし、この外来者起源説をそのままダイダラボッチに当てはめることには無理がある。
すると妖怪の類と思われがちだがそうではないようだ。
山や湖をつくるという役割から、柳田國男はこれを「昔は信仰されていた国造りの神が、のちに姿を落としたものではないか」と見ている。
つまり、もともとは土地を生み出す神格だったが、信仰が衰え、各地の昔話の中で「巨人」として残ったと考えるが妥当だと思える。
※画像はイメージです。


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