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「シェラ・デ・コブレの幽霊」が「封印」された本当の理由

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「すべての日本映画を応援するWOWOW邦画宣言!」
このキャチコピーを掲げた1992年、WOWOWは当時の新進気鋭の監督による短編映画を集めた「J・MOVIE・WARS」の放送を開始する。放送された作品のひとつ『月はどっちに出ている』は劇場映画化され興行的に成功し「J・MOVIE・WARS」は続いていく。
それから3年後の1996年2月3日に放送された「女優霊」こそ、ジャパニーズ・ホラーの金字塔といえる作品である。

目次

シェラ・デ・コブレの幽霊の存在

「女優霊」の評価が高まるにつれ、同作のインスピレーションとなった正体不明の映画「シェラ・デ・コブレの幽霊」の存在が合わせて知られるようになった。

「女優霊」の脚本を執筆した高橋洋は、「シェラ・デ・コブレの幽霊」にかなり以前からに魅了されていたが、作品そのものは視聴していない。
彼の記憶にあるのは子ども時代にただ一度、日曜洋画劇場で放送されたこの作品に予告編なのだが、それも推測でありあやふやなもの。それ以上にたまたま視聴した、「あなたは幽霊の存在を信じますか?」と視聴者に問いかけるナレーションと共に、禍々しい叫び声をあげた幽霊がブラウン管の「こちら側」に迫ってくる。「アウター・リミッツ」のテレビコマーシャルに強烈な恐怖を感じた記憶をもとに「女優霊」の脚本を執筆したというのだ。

後に高橋洋たちは「シェラ・デ・コブレの幽霊」を観たいのは山々だったが、当時の日本国内ではフィルムの行方や素性が掴めずにいた。この作品は次第に「尾ひれ」がついて、日本国内では「とてつもなく怖い幻のホラー映画」「怖さのあまり封印されたホラー映画」へと変貌していった。

その要因について、筆者なりの仮説を提示したい。

「シェラ・デ・コブレの幽霊」とは

往年のアメリカで放送されたテレビドラマは、「パイロット版」と呼ばれる単発作品が存在する。
テレビ局が放送するテレビドラマは最初からシリーズ化される目途がついていたるわけではなく、パイロット版が制作されると、放送局の幹部やスポンサーたちが集まって試写を行い、検討会議で議論する。

シェラ・デ・コブレの幽霊とは、アルフレッド・ヒッチコックの映画「サイコ」に脚本で参加して一躍有名になり、アメリカではサスペンス・スリラーの大御所と言われる脚本家「ジョセフ・ステファノ」の監督作品である。
元々は1963年にアメリカのABCテレビで放送され、後の作品に影響を与えたオムニバス型式のSFテレビドラマ「アウター・リミッツ」を、CBSテレビでホラーテレビドラマとして企画した「Haunted」の「パイロット版」として制作された。しかし企画は採用されずに、お蔵入りとなった。

入手できる作品のクレジットからジョセフ・ステファノの個人プロダクションで制作したようで、放送する予定だったCBSはあくまで「製作協力」の立場。
おそらくステファノ個人にも返済しなければならない相応の負債があり、「The haunted」に投じた製作資金を回収するため、約50分程度の「The haunted」に劇場版として追加撮影し、約80分の再編集版が「シェラ・デ・コブレの幽霊」と思われる。

しかし劇場公開はされる事なく、ジョセフ・ステファノが過去に語ったところによれば「パイロット番組の上映用プリントを2つ所持していたが、CBSに貸し出した後に戻ってこなかった」とう。
一時期は不明になっていたらしいが、しかし、1990年代後半には16mmプリントが、UCLAのフィルム・アーカイブに所蔵されていたことが確認された。

「シェラ・デ・コブレの幽霊」の存在

現在では2018年に海外盤DVDが発売され、2022年にはAmazonプライム・ビデオが同作の配信を開始して以来「シェラ・デ・コブレの幽霊」は幻の存在ではなくなった。

どちらもタイトルが「The ghost of sierra de cobre(シェラ・デ・コブレの幽霊)」となっているが、アマプラが配信しているの約80分の完成版、Youtubeにアップされていのは「TV Version」の記載があり、放映時間も約50分で「The haunted」。

アマプラを視聴すると本来のストーリーとは無関係なシーンや、何故か同じショットが二度繰り返されるなど不可解な箇所が多い。
その理由は、研究家が2011年にUCLAのフィルム・アーカイブの協力を得て調査したところ、制作途中であった編集バージョンが流出した粗編集バージョンの可能性があるらしい。北米盤DVDにはステファノとスティーヴンスのふたりが、監督としてクレジットされてあるのはその為であるのか?

むしろYoutubeにアップされた作品は、ストーリーや演出に破綻がなくてスマートな印象だ。おそらく「The haunted」であり、1967年テレビ朝日で放送されたものと同一と思われる。

すると正規バージョンはどこにいってしまったのだろうか?という疑問が残る。

アメリカで放送されなかった本当の理由

「シェラ・デ・コブレの幽霊」がアメリカ国内で放送されなかったのは、演出があまりに怖かったからだ・・・この作品に纏わる都市伝説のひとつだが、そのように夢のある話ではないようだ。
ホラー演出がテレビに相応しくないと経営陣が判断した可能性も考えられるが、真の原因はCBS内部の「お家騒動」である。

作品が完成した1964年、それまでCBSの社長を務めていたジェームズ・オーブリーが解任される。
経営者として優れた手腕を発揮したオーブリーだったが有能なビジネスマンの例に漏れず、不正や汚職に少なからず関与するなど幾つもの問題を起こしていた。そうしたことが原因となり、CBS社内で派閥抗争が繰り広げられた末の解任劇だった。
オーブリーが解雇された後、彼が製作に関与した番組の幾つかがCBSの放送網からキャンセルされる。その巻き添えを「The haunted」喰ってしまい、締め出されてしまったので、アメリカ国内では「The haunted」と「シェラ・デ・コブレの幽霊」は放送が困難となってしまう。
余談になるが「シェラ・デ・コブレの幽霊」が、アメリカで放送されることが一度も無かったというのは判然としない。アメリカにも日本でいうところの「独立局」に当たる放送局があり、そこで放送されたケースも考えられる。

アメリカ以外ではカナダ、オーストラリア、タイで放送され、日本でもテレビ朝日の日曜洋画劇場で放送された。テレビ朝日といえば、第一シーズンのみだが「アウター・リミッツ」の放送権を買い付けて放送したテレビ局である。
おそらく「アウター・リミッツ」の放送権を売る条件として、「シェラ・デ・コブレの幽霊」も抱き合わせで買われたのではないだろうか?
そうして「シェラ・デ・コブレの幽霊」は、後の脚本家である高橋洋の少年時代に姿を現すことになった。

アメリカと日本の温度差

この作品を通じてアメリカとの温度差を感じる。それは、高橋洋が「シェラ・デ・コブレの幽霊」のコマーシャルを観た記憶をもとに「女優霊」や「リング」の脚本を執筆したことと深く関わっている。

「女優霊」のストーリーの核心である「子どもの頃にテレビで観たきり、今日まで正体の分からない映画が実は製作中止となった映画だった」という設定と、「シェラ・デ・コブレの幽霊」にまつわる都市伝説のナラティヴが重なるためだろう。それにけたたましい泣き声をあげてモニターに迫ってくる「シェラ・デ・コブレの幽霊」のソラリゼーションで描かれた幽霊を観た日本の視聴者は「リング」の貞子のイメージ、すなわちモニターを突き破って視聴者の居る現実へと幽霊がやってくる映像を惹起する。

そのような話をアメリカのファンは共有していないのか、それとも知っていても関心がないのか、あくまでも彼らにとって「Tthe haunted」こと「シェラ・デ・コブレの幽霊」は「正体不明の謎の映画」ではなく、アメリカ国内で放送されなかった「アウター・リミッツ」番外編の一本として認知されている。

それを語るのが2011年2月のロサンゼルスでジョセフ・ステファノのファンと有志が、UCLAのフィルム・アーカイブの協力のもとで「The haunted」を含めたジョセフ・ステファノ作品の上映会。
同じころの日本で「シェラ・デ・コブレの幽霊」の存在感が高まっていたことと対照的に、アメリカのファンがことさら重視していた痕跡はなく、「シェラ・デ・コブレの幽霊」であっても「The haunted」と呼んでいるのだ。

アメリカのファンにとって「シェラ・デ・コブレの幽霊」には都市伝説の要素が皆目ない。それに加え、日本のホラーファンや都市伝説愛好者が「シェラ・デ・コブレの幽霊」の都市伝説化に図らずも寄与した。
現実の製作と配給をめぐる実態から「シェラ・デ・コブレの幽霊」は乖離していき、「怖さのあまり封印された幻の映画」のイメージやストーリーが醸成されていった。

『シェラ・デ・コブレの幽霊』とはなんだったのか?

結局のところ「シェラ・デ・コブレの幽霊』の正体とは、アメリカのテレビ業界に山のように存在する「売れなかった」パイロット版のひとつであり、実現しなかった「アウター・リミッツ」番外編であり、CBSの生臭い社内政治の巻き添えとなり放送網から締め出され、忘れられた作品の一つに過ぎない。

そのような製作事情が殆ど伝わらないまま、『女優霊』のストーリーその他とまぜこぜとなって現在に至ったため、『シェラ・デ・コブレの幽霊』は都市伝説と化した。
日本のホラーファンは『シェラ・デ・コブレの幽霊』に対して、長いあいだ「幻影」を観ていたのだろう。

だが『シェラ・デ・コブレの幽霊』をめぐる都市伝説には、2000年代に広まった都市伝説としては例外的に、なにか楽しくてワクワクする種類の「怖さ」、古き良き時代のロマンティシズムが漂っていたようにも思う。

※画像はイメージです。

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