帯広のテーマパーク「グリュック王国」

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北海道の十勝地方、帯広市中心部から車でおよそ40分。
帯広空港の近隣に、かつて「グリュック王国」と呼ばれるテーマパークが存在していました。

開園は1989年7月1日。
ドイツ風の街並みを模した園内には観覧車や各種オブジェが設置され、1990年代初頭には一定の来園者で賑わっていました。
ところがその人気も長くは続かず、現在では閉園して、その名を知る人も少なくなり、跡地だけがひっそりと残っています。

目次

子どもの頃に訪れた思い出と今

私がこの場所を訪れたのは1990年代前半、中学生の頃でした。
親や祖母に連れられ、小学生の妹や従兄弟と一緒に、来園した記憶があります。

遊具で遊び、写真を撮り、当時としては珍しい異国風の空間を楽しみました。
売店ではドイツ風のウィンナーやビールが販売されており、珍しい商品を土産に買って帰ったのですが、どんな物を買ったかについての記憶は曖昧です。
少なくとも当時のグリュック王国は賑やさがあって、近い将来に閉園するような雰囲気は感じられませんでした。

その後、就職を機に地元を離れ、長期休暇のたびに何度か帰郷していましたが、2008年に帯広へ戻った際、グリュック王国がすでに閉園していることを知ったのです。
その話をきっかけに、地元の友人と「今のグリュック王国を見に行ってみよう」という話になり、車で現地へ向かうことになったのでした。

グリュック王国の終焉とその後

そこで見た光景は、想像していたものとは違っていました。
いわゆる廃墟を想像していたのですが、実際には建物はまだ十分に形を保っており、ただ「人がいない」だけ。
閉園からそれほど時間が経っていなかったためでしょうが、外観だけからすれば、今すぐ再開してもおかしくないようにすら見えたのです。

しかし、窓越しに建物の内部を覗いた瞬間、その考えは完全に打ち壊されました。
テーブルや椅子、装飾品と思しき物が無造作に積み上げられ、明らかに「終わった施設」の様相を呈していたのです。
かつての賑わいを知っている分、その光景は妙に現実味があり、強い違和感と居心地の悪さを覚え、結果として、早々に引き返したことだけははっきりと記憶しています。

後日、この話を共通の知人にしたところ、私と友人は強く叱責されました。
スピリチュアルやオカルトに過剰な関心を持つ人物で、「あそこは心霊スポットだから、興味本位で行くべきではない」と、得意げに説教を始めたのです。

ですが、はっきり言っておきます。
寒気がした訳でも、何かを見た訳でもなく、心霊的な異変を感じた訳でもありません。
かつて「楽しい場所」だった空間が、役目を終えた瞬間に放棄され、ただ放置されている現実を直視してしまったからであり、これは心霊のせいではなく、単なる現実。

なお、その知人は「曰くがある」「何かが出る」といった話を嬉々として語っていたのですが、調べても園内で死亡事故があった事実はなく、土地に特別な因縁があるという事も確認できません。
要するに、噂を丸呑みにして根拠ゼロの妄想を雰囲気で語っているだけだと思うのです。
正直なところ性格的にもかなり鬱陶しく、私たちは「ああ、また始まったか」としか思いませんでした。

楽しい記憶と、荒廃した現実が同時に存在する場所に、心がついていかなかった。
それだけの話で、それを安易に「心霊スポット」と呼ぶのは、場所に対する風評被害でしかないとおもいませんか?
実際、閉園後には肝試し目的での不法侵入や窃盗が相次ぎ、問題になったことが記録として残っています。
つまり、この場所を荒らしたのは幽霊ではなく、マナーやポリシーを持ち合わせない、空気が読めない心霊マニアと野次馬根性の人間たちだと思うのです。

地元民として思うこと

現在でも、帯広空港へ向かう途中、牧草地や畑が続く風景の先に、場違いな建物がふと視界に入ることがあります。
牧歌的な景色には似つかわしくないそれは、かつて来園者を乗せて回っていた観覧車だったもの。

もう動くことのないその姿を見るたび、どうしても寂しさを覚えてしまう。
テーマパークが、時代の流れと経済状況の変化の中で静かに姿を消していきました。その数ある例の一つに過ぎないのですが、それでも簡単には割り切れません。

ここには怪談はありません。
あるのは、地方テーマパークが役目を終え、十分な後始末もされないまま放置されたという事実。
夢を売っていた場所が、採算が合わなくなった瞬間、何事もなかったかのように切り捨てられてしまう。
その現実を、否応なく突きつけられてしまいます。
それよりも、本当に直視すべきなのは、夢が不要になった瞬間に平然と放棄される現実のほうでしょう。
幽霊はいません。怪談も後付けです。それでも後味が悪いのは、現実のほうが圧倒的に残酷だからです。

地元の人間として、あの土地がいつか、どんな形でも構わないから、再び人の営みに使われる日が来ることを願っていいます。何もなかったかのように忘れ去られるよりも、用途が変わっても「生きている場所」であってほしい。

もし帯広空港を訪れる機会があれば、行きか帰りの車窓から、いくつかの名残が目に入るかもしれません。
そこに、かつてテーマパークが存在していたという事実だけでも、記憶の片隅に留めてもらえたらと思います。

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