これは私が学生の時の体験です。
当時旅行サークルに所属していた私は、友人の里美(仮名)の帰省に付き合い、九州の田舎に行くことになりました。
夏休みに入ってすぐバイトを辞めたこともあり、時間を持て余していたのです。
里美の出身地は彼女曰くイマドキ珍しいド田舎で面白い風習が伝わっているとのことで、個人的に興味を引かれたのもあります。
村に入ってすぐ、変わったお地蔵さんが目に付き始めました。そのお地蔵さんは両目の部分がくりぬかれており、向こうまで貫通したその穴に、ちょこんとビー玉が置かれていたのです。
まるで義眼が嵌められてるみたいでゾッとしました。
「何あれ気持ち悪い」
「うちの村の風習。お地蔵さんの目を入れず、穴にビー玉を置いとくの」
「何で?」
「さあ?おじいちゃんなら知ってるかも。あっでもね、うちの村じゃ絶対ビー玉動かしちゃいけないって言われてるの」
「お地蔵様の目に入ってるビー玉を?」
「うん。アンタも絶対やんないでね」
「は~?子供じゃないんだしお地蔵さんへのお供え物パクったりしないよ」
「ならいいんだけど……」
その後里美の実家に到着した私はご両親の歓待を受け、お母さんの手料理をご馳走になりました。
「お祖父さんは?ご一緒に住んでらっしゃらないんですか」
「ちょっと離れた所に住んでるの。今日はもうお遅いから明日にでも挨拶してきたら?」
「はい、そうします」
翌日……。
里美と連れ立って村外れのお祖父さん宅に出かけた私は、村の至る所にあるお地蔵さんの無機質な視線に晒され、居心地悪さを覚えました。
(目がないのに見られてる気がする……)
「どうしたのそわそわして」
「別に……ねえ、里美は大丈夫なの?お地蔵さん怖くない?」
「え~全然。慣れちゃった」
里美はまるで気にする素振りがなく、平然としています。しかし初めて村を訪れた私は、異様な光景に戸惑いを隠せず、足取りがギクシャクしました。
注意が疎かになっていたせいか、畦道の起伏に足を引っ掛けてしまいます。
「あっ!」
宙に泳いだ手が何か固くて小さい物を弾きました。右側に建っていたお地蔵さまの眼窩に嵌まっていた、真っ赤なビー玉を弾いてしまったのです。
「怪我してない?」
「なんとか……ビー玉落っことしちゃった」
「えっ!?」
私が苦笑いで打ち明けた所、里美はサーッと青ざめ、なんとその場に這い蹲ったのです。
「どうしたの、服汚れちゃうよ」
「アンタもさがして!早く!夜までに見付けないと……」
里美のパニックぶりに動揺したのも束の間、彼女に急かされ屈み、田んぼの中まで踏み込んでビー玉を捜すものの見付かりません。
そうするうちにどんどん日が暮れて空は赤く輝き始め、カラスが巣に帰る時刻になりました。
「もうだめ、間に合わない!」
「間に合わないって」
何が?と聞こうとした矢先、誰かが泥田の中から足首を掴みました。
「お前の目をよこせええええ」
「ひっ!?」
ずる……ずる……真っ黒な手が私を田んぼに引きずり込もうとします。
「た、助けて!誰かあ!」
頼みの里美は固まったまま動こうとせず、「ごめんなさい許してください」と手を合わせ繰り返すばかり。
助けを求める私をよそに手の数はどんどん増えて体を這い上り、こめかみへと掛かります。
目を抉る気だと直感し瞼をキツく瞑ると同時に、あのおぞましい声がすぐ耳元で響きました。
「俺の目……どこへやった……」
瞬間、脳裏に思い浮かんだのはあのビー玉でした。
ビー玉を元の位置に戻せば助かるかもしれない……私は執拗に纏わり付く手を死に物狂いに振りほどき、田んぼの中を無我夢中で這い進んで、ビー玉を捜しました。
(お願い早く早く見付かって……!)
祈りが天に通じたのか、ビー玉が見付かりました。慌ててそれを掴むや里美の足元に投げ出し、ヒステリックに叫びます。
「それを戻して!」
「わかった!」
漸く正気に返った里美が空っぽの眼窩にビー玉を置くやいなや、私に縋り付いて今まさに目をほじろうとしていた手は消え、田んぼに静寂が戻りました。
後日……里美のお祖父さんお宅に伺った私は、お地蔵さまに目がない理由を尋ねました。
「アレは鬼灯地蔵と言って、生贄の供養の為に建てられたんだ」
「生贄ですか」
「貧しい村だからね……昔は不作や水害のたび生贄を捧げてたそうだ」
「殺しちゃったんですか?」
「そこまではしない。少なくともうちの村では。代わりに目をくりぬいて捧げたんだ」
「お地蔵さんの目がなかったのはどうしてですか」
「生贄の祟りさ。何度建て替えても目の部分だけ劣化が早い、気付けば穴が開いている。真っ赤な血涙を流すのを見た者もいる。俺たちの目玉を奪っておいて地蔵に目を入れるとはけしからんと、霊が怒ってるんだ」
お祖父さん曰く、以前は目玉の代わりに鬼灯を供えていた為、村の地蔵は誰彼ともなく「鬼灯地蔵」と呼ばれるようになったとのこと。
しかし植物の鬼灯は枯れてしまうため、ここ数十年来はビー玉で代用するようにしたそうです。
お祖父さんが語り終えるのを待ち、ずっと俯いていた里美が恥ずかしそうに言い添えました。
「うちの村じゃお地蔵さんのビー玉をとるのは禁忌なの。そんなことしたらバチ当たるぞって子供の頃からさんざん脅された」
「だからあんなに慌てたのね」
納得した私を見上げ、里美が青ざめた顔で呟きます。
「小学校の頃、同級生の男子がお地蔵さまにイタズラしたの。ダメだって止めたのに」
「それでどうなったの?」
「両目とも失明しちゃった」
私もビー玉を戻すのがあと少し遅れていたら、里美の同級生と同じ目に遭っていたのでしょうか?
※画像はイメージです。
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