今回ご紹介するのは、ノスタルジックな日本の原風景が美しい絵本です。ページをめくっていくと、どこか懐かしさを覚えます。
しかし、油断していると…。「怪談えほん」シリーズというだけあって、背筋が凍るような結末が待っていました。
おとなになってから出合った絵本ですが、子どもの頃に読んでいたら、トラウマ間違いなしです。
おばあさんが暮らす古い家にやって来た少年
物語は、少年が祖母の元へやって来るところから始まります。
大きな荷物を持って、少し憂鬱な表情をした少年を、玄関でおばあさんが出迎えます。
おばあさんが住んでいるのは、木造の古い日本家屋。理由はわかりませんが、ここで少年は一緒に暮らすことになったのです。
おばあさんの家の天井は高く、梁が渡っています。そこから電灯が下がっていますが、その上は真っ暗なことに少年は気づきました。
少年は、梁の上の暗がりが気になって仕方ありません。
そして、ある日、ついに見てしまうのです。
天井に「おこった おとこの かお」があるのを。
ここでは、少年が見たものは描かれていません。ただ、驚いた表情の少年が描かれているだけで、読者は少年が見た「おこった おとこの かお」を想像するしかありません。
怖くなった少年は、おばあさんの元へ駆けて行きます。
おばあさんは少年の話を聞いても冷静で、天井を見ようともしませんでした。
ただ、少年が見たものを否定もしません。
おばあさんは「うえを みなければ こわくないよ」と少年に言いました。
「みなければ いないのと おんなんじだ」とおばあさんに言われても、少年は天井を見てしまいます。
そして、ついに・・・。
「怖いもの」はいるのか?いないのか?
おとなには何でもないものが、子どもには恐怖だったりします。特に、古い家には怖いものがあふれています。
この絵本を読んで、私も幼い頃に山奥の祖父母の家へ預けられたことがあるのを思い出しました。築年数のたった平屋の日本家屋です。柱時計のカチカチという音。壁に掛かった般若の面。太い柱の木目。飾ってある絵画も、寂し気で薄気味悪い荒野を描いたもの。それらすべてが不安をあおるものでした。
この絵本に登場する少年も、古い家で暮らすことになります。文章はいたってシンプルで、祖母の家に来ることになった理由は書かれていません。
古い家は、少年の不安をあおるものだったのでしょう。高い天井の暗がりが気になってしまいます。
そこに、少年はあるはずのないものを見るのです。それは、男の顔でした。それも、怒った顔だといいます。
おばあさんは、どう思っていたのでしょうか。「見たのならいる」という答え方をします。「上を見なければ怖くない」「見なければいないのと同じ」とも言いました。
この時点で、少年が目にしたものは登場しません。「もしかしたら、少年の見間違い?」とも思わされます。しかし、「怖いページは出てこないなあ」と安心しながら最後のページをめくると…度肝を抜かれます。ついに、少年の見たものが姿を現すのです。
梁からじっと見下ろしているその顔が、怖い。とにかく怖い。この絵本には随所に猫が登場するのですが、かわいいと思って見ていた猫たちまでもが、恐ろしく感じてしまいました。
この男の顔は存在するのか。存在するとして、おばあさんは知っているのか。あるいは、少年が怖いと思っているから見えたと思っただけなのか・・・。
謎のまま、絵本は終わります。
明るさと暗がりの対比
「いるのいないの」は、第一線で活躍する人気作家と画家による「怪談えほん」シリーズの1冊です。
表紙の絵は、不安そうに天井を見上げる少年が描かれ、確かにホラーの雰囲気はあるのですが、表紙をめくると、明るさに満ちた中表紙があります。
季節は初夏から夏でしょうか、青々とした木の葉が茂り、枝から三毛猫が、道を歩く少年を見下ろしています。ページをめくっていっても、窓辺の部屋は明るく、窓の向こうに見えるのも、山や庭木の気持ちの良い眺めです。のどかな田舎の風景に、古い日本家屋。どこか懐かしさを感じ、癒しさえ覚えます。少年のバッグを覗き込む猫や縁側から顔を覗かせる猫もユーモラスです。
これが本当にホラー絵本なのかと思うくらいなのですが、暗い部分はとことん暗い。部屋の奥や天井は、真っ暗なのです。その暗さがまた、明るさを引き立てています。逆に、光が強いからこそ影の部分が目立つといえるかも知れません。
美しい日本の原風景の中に暗闇があることで、ホラー的要素を生み出しているのでしょう。
最後に現れた男の顔は実際にあるのかないのか、はたしておばあさんには見えていたのでしょうか。そして、その男は何者なのか。なぜ、怒っているのか。答えは、読者の想像にゆだねられているようです。
想像力が豊かだからなのか、感受性が強いからなのか、子どもにだけ見えるものって、ありますよね。本当に存在しているのに、おとなには見えていない、あるいは見ようとしていないだけかも知れませんが…。
どちらにせよ、ラストの男の顔を一度でも見てしまったら、脳裏から離れなくなりそうです。
いるのいないの (C) 京極夏彦 作/町田尚子 絵/東雅夫 編/岩崎書店


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