田秋成作「雨月物語」の一編「吉備津の釜」は「怨霊の脅威」というテーマを取り扱っている作品。
あらすじ
井沢正太夫には、正太郎と言う息子がいた。とんでもない色魔であり、父親の言うことも聞かず、毎日のように女遊びを繰り返していた。
思い悩んだ太夫は、正太郎も嫁でも貰えば落ち着いて身を固めるのではないかと一縷の望みをかけて、吉備津神社の神主である香央造酒の娘、磯良との縁組をまとめようとする。
しかし、香央が磯良の幸せを祈願するため「御釜祓い」を行うと釜は音を立てず、この婚姻は凶とでたのだった。
香央はこれを妻に相談したところ、先方も娘も非常に乗り気でいるのだから、不吉なことは公表するべきではないと固反対され、縁組は進められた。
井沢家に嫁いできた磯良は非の打ち所もない嫁となり、遊び人の正太郎も最初のうちは、よく思っていたが悪い癖はすぐに再燃。お袖と言う名の遊女を愛人にし、何日も家に帰らない日々が続いた。
これにはさすがの井沢正太夫も激怒し、正太郎を屋敷の一室に監禁してしまう。夫を不憫に思った磯良はかいがいしく正太郎の世話を焼く。しかし、正太郎はそんな妻を騙して金を奪い、お袖とともに蓄電してしまう。
あまりの仕打ちに大きなショックを受けた磯良は寝込んでしまい、日に日に衰弱していく。
一方、正太郎はお袖とともにお袖の親戚、彦六の世話になり、その隣家で仲睦まじく暮らしていたが、ある日、お袖が憑き物にでも憑かれたかのように発狂。看病も空しく、七日後に帰らぬ人となってしまう。
しばらくの間、正太郎はお袖の墓参りをするという生活を送っていたが、ある日、見知らぬ女と出会う。女は自らをとある奥方に仕えており、美人で病弱な主人に代わって墓参りをしているのだと語る。
美人と聞き、その奥方に興味を覚えた正太郎は女に頼み込み、親しいものを亡くした人間同士、哀しみを分かち合いたいと屋敷まで案内させる。しかし、そこで待ち構えていたのは故郷に捨ててきたはずの磯良だった。亡者のような姿と化した磯良は恨み言を述べ復讐を宣言する。
気絶した正太郎が次に目を覚ましたのは、墓地の真ん中だった。大変なことになったと正太郎は彦六に相談し、ある陰陽師に助けを求め、「これより四十二日の間、物忌をせよ。万が一、その間に一歩でも外に出たら命はないものと覚悟せよ」と告げられる。
正太郎がその通りにすると、毎晩のように外で唸り声をあげ、呪いの言葉を吐く女の声が聞こえた。
恐怖に震えながらも正太郎は何とか正気を保って耐え抜き、最期の四十二日目を迎える。やがて家の窓に明かりが差し込んできたので、夜が明けたと思い込んだ正太郎は隣の家の彦六に声をかけ、喜び勇んで外に飛び出そうとする。
しかし、彦六が同じように家を出ようとして、戸を半分ほど開いた時に悲鳴が響く。
驚いて外に飛び出た彦六は、実はまだ夜は明けておらず、全ては正太郎を騙すためのまやかしだったと気がつく。彦六が正太郎を探して家の中に飛び込んだが、壁が生々しい血に濡れ、軒に男の男の髪の髻だけが引っ掛かっているだけだった。
神意は正しかったのだと嘆き悲しんだという。
解説
主人公である正太郎の嫌悪感を抱かれるキャラクターであることは間違いないだろう。禁忌を侵した結果として怨霊につきまとわれる。
正太郎は陰陽師の言葉に従い、四十二日間の物忌を行い、生き延びたと感じるだろうが、結果から言えば先延ばしにしただけで末路としてはさほど変わらないのである。
ストーリー終盤、怨霊と化した元妻・磯良から己の身を守るために、正太郎は自宅に盛り塩をし、お札を張り巡らせて神聖な空間を作り出す。物語全体におけるクライマックスとも言えるシーンで、唯一、人間が怨霊に対して直接的な抵抗を見せる重要な場面でもある。
実際のところ、正太郎は42日目に致命的なミスを犯し、血も凍るような最期をとげるわけだ。
それまでの正太郎の所業を考えれば、もし生き延びて怨霊になった磯良が退散するような展開は誰でもモヤッとしてしまうだろう。
※画像はイメージです。


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