不思議なタイトルのこの絵本は、最初の印象ではホラー的要素があるようには見えません。
絵柄も、明るく、ふんわりとした優しいタッチです。
だから、安心して騙されちゃうのでしょう。いつの間にか、恐怖が静かに忍び寄ってきて・・・。
今回は、私自身が幼少期に読んだわけではありませんが、子どもの頃に出会っていたら、間違いなくトラウマになっていただろうなと思う絵本をご紹介します。
じわじわと迫りくる恐怖
「くうきにんげんを しってるかい?」という語りかけから始まる絵本。
学校の図書室でしょうか。書棚があり、その前にはふたつの椅子が置いてあります。椅子のひとつには、赤いランドセル。もうひとつの椅子にうさぎの女の子が座って、絵本を開いています。
その後、女の子の下校の様子が描かれていくのですが、何者かが、くうきにんげんについて語り続けます。
この世には、誰にも気づかれていないけど「くうきにんげん」がいること。それも、世界中に大勢。空気みたいに軽く、姿は見えない。形を自由自在に変えることができる。そんなふうに、くうきにんげんの説明がなされていくのです。
くうきにんげんは、たとえ戸締りをしていても家の中に入ることができる、というあたりから、じわじわと恐怖の感情がわき上がってきます。どうやら、くうきにんげんは「いい人」や「味方」ではないらしい。しかも、どこにでも入ってくることができ、そして、人間に襲いかかる・・・。
くうきにんげんに襲われた人は、空気になってしまうのだといいます。誰にも見えず、聞こえず、気づいてもらうことができないというのです。
そして、くうきにんげんがどのように人間を襲うのかが語られます。
じわり、じわりとくうきにんげんは近づいてきて・・・。
言葉で語られるのは、そんなストーリーです。
でも、この絵本はそれだけでは終わりません。
絵本という形態だからこその工夫と遊び心が、随所に散りばめられているのです。
視覚で伝えるメッセージ
この絵本を読んで、もう一度開いてみると、印象が変わります。ほのぼのとした絵の中に、不気味さが見えてくるから不思議です。よく見てみると、各所にゾクッとさせられるようなシチュエーションが潜んでいます。
絵本に登場する主人公の女の子も児童たちも町の人々も、みんな動物です。顔は動物ですが、手足や体は人間のもの。顔も動物そのものなのか、仮面なのか、よくわかりません。
鳥の顔をして赤いワンピースを着た女の子が持っている黄色い風船も、他のページにも描かれていて、何か意味がありそうです。
うさぎの女の子の下校中のシーンでは、道路の「止まれ」や団地の棟番号が「鏡文字」になっていることに気づきます。それだけでなく、女の子が住んでいる部屋のドアは、他の部屋と向きが逆です。
団地の階段の途中からは、黒猫が登場。鍵っ子らしい女の子がドアを開けようとするときには、猫が2匹になっています。その口には、捕らえた小鳥が。
2匹の猫は「くうきにんげん」が、人を襲うときには「かならず ふたりがかりで」襲うことと関係があるのかも知れません。
ひとつ、ふたつ、と違和感を覚えるシーンに出会うたびに、視覚的な怖さが加わっていくのです。
手を洗い、冷蔵庫の中から取り出したおやつを食べ、窓の外を見るうさぎの女の子。最後のページでは、団地の一室を外から描いています。ベランダの掃き出し窓が開き、カーテンが外へ向かって大きく翻っている絵です。そこに、うさぎの女の子の姿はありません。
絵本の読み解き方
語り手の一人称で進んでいく「くうきにんげん」ですが、この語り手が何者なのか、次第に明らかになってきます。「くうきにんげんを しってるかい? しってるかい?」のように、同じ言葉が繰り返されるのですが、それが何を意味しているのか、くうきにんげんがふたりで人を襲うことが明らかになった時点で、腑に落ちると同時に、はっとさせられるのです。
語り手は、うさぎの女の子に向かって話しかけているように見えます。でも、それだけではなく、実は、この絵本の読者に語っているのです。つまり、それはどういうことかというと……それに気づいたとき、背筋を冷たいものが駆け抜け、思わず振り返ってしまうことでしょう。
絵本の世界をじっくり堪能したら、もう一度、最初のページへ戻ってみて下さい。そう、うさぎの女の子が絵本を読んでいる図書室のシーンです。
くうきにんげん」は、第一線で活躍する人気作家と画家による「怪談えほん」シリーズの1冊なのですが、他の「怪談えほん」シリーズを手に取ったことのある方ならおわかりでしょう。書棚に飾ってあるのは、同じシリーズの絵本です。
そして、もうひとつ。うさぎの女の子が開いている絵本に目を向けると・・・。
ひとりで静かな部屋にいることが、恐ろしくなるような真実が隠されていますね。
小さな子どもだったら「この世から消えてしまって、誰にも気づかれない」と想像することは、恐怖に違いありません。怖いことがあっても「大丈夫だよ」と言ってくれる人がいることで安心します。でも、それすらも失われてしまう。何とも救いようのない話ではありませんか。ただ、子どもたちは、大人とは違った感性で、絵本の絵を見つめています。子どもにしかわからない発見もあるのだと思います。
とにかく謎多き絵本です。正解はなく、読者の数だけ読み方があるのかも知れません。
自分が子どもの頃に読んでいたらどう感じたのか、今この絵本を読んだ子どもたちが大人になって読み返したときに何を思うのか、気になるところです。
(C) 綾辻行人 作/ 牧野千穂 絵 / 東雅夫 編 岩崎書店
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