これは数年前の冬のことだ。
思い出すと今でも、ゾッとする。
ありきたりな表現だが、それ以外に言いようがない体験をした。
夜に遭遇したなにか
私は地方都市の外れにある町で、一人暮らしをしている。
その日も仕事が長引き、終電に乗って最寄り駅へ着いた頃には、すでに日付が変わっていた。
駅から自宅までは徒歩で十五分ほど。街灯の少ない川沿いの遊歩道を通るのが、最短ルートなのだ。
その夜は風が強く、月明かりの下、川の水面がわずかに波立って明滅しているように見えた。
周囲に人影はなく、耳に入る音のほとんどは風の音だった。
うつむき気味に歩いていると、川の方からバチャバチャという水音が聞こえてきた。
真冬の深夜になんだろう?
私は好奇心から足を止めて音のする方へ目を向けた。
最初は、大きなゴミ袋か何かが風で動いているのだと思った。
街灯の光は届いておらず、形ははっきりしない。
それでも、無秩序な揺れではなく、意図のある動きであることだけは確かだ。
目を凝らすと、それは犬や猫にしては大きく、人間だとすれば不自然なほど低い位置を保っていた。
立ち上がろうとする気配も、四肢の動きも見えない。
黒い塊が、川の中から、引きずられることなく這い上がってきているように見えた。
次の瞬間、それがこちらの存在に気づいたのかどうかは分からないが、視線があったように感じたとたん、一直線に、こちらへと向かってくるのだ。
私は声を出すことができず、足もすぐには動かなかった。
一つ確かなのは、このまま留まれば、いずれ接触する。
反射的に背を向け、自宅まで全速力で走った。
アレの正体
翌朝、恐ろしいと思いながらも、私はいつも通り川沿いのルートを使って駅へ向かった。
昨夜の出来事が、夢だったのか現実だったのか、自分でもはっきりしないこともある。
遊歩道の途中、昨晩あれを見たと思われる辺りで、人だかりができていた。
警察官が数人、川岸の方を囲んでいる。
何があったのかと思い、近くにいた見物人に尋ねると、川で浮浪者の遺体が見つかったのだという。
水を含んで膨れ上がった状態で、川辺に上がったらしい。
私は、それ以上詳しい話を聞く気にはなれなかった。
事件に関わるのは避けたかったし、昨夜のことを口にする理由もなかった。
ただ、頭の中で思考が追いつかずにいた。
昨夜見たものは、確かに動いて、こちらの存在に気がついて近寄ってきた。
水を含んで膨れ上がるほどの遺体が、あれほど動けるものだろうか?
仮に生きていたとしても、あの姿勢と動きは、人間のそれとは一致しないと思う。
助かりたい一心で川から上がってきたとして、なぜ再び川に戻ったのかも説明がつかない。
私はその場を離れた。
それ以来、夜遅くなる日は、必ず別の道を選ぶようにしている。


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