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僕は自動車の整備士をしています。
ある日の閉店間際、一台のワゴン車がうちの工場に持ち込まれました。
どこにでも走っているファミリータイプのワゴン車で、年式は古いですが大切に乗っておられる感じです。

持ち込みの内容を確認すると、車のオーナーさんはひどく困惑した様子で「何かを引いたような『ドン』という衝撃があったので、点検して欲しい」と答えました。
猫か何か、なにか小動物でも轢いたのだろうと思いながら点検を始めたのですが、少し違和感を感じたのです。

目次

車の状態と違和感

まず車を見渡して外装に損傷がないのです。
擦り傷や飛び石による小さな傷はありますが、凹みや破損が見当たりません。

オーナーさんの話では、かなり大きな衝突音だったそうなので、イタチやネズミといった極小の動物ではないはずです。ネコやタヌキといった中サイズでも、フロントバンパーの破損は避けらないでしょう。
でもそういった形跡が全くないのです。

だとすれば、平たい落下物、例えば建築用のブロックとか、そう言ったものに気が付かず踏み越えてしまったということが考えられます。
フレームへのダメージが懸念されますので、リフトに車体を固定しリフトアップしてボディー下をチェックします。

ゆっくりと上昇していくワゴンを眺めながら、「面倒な修理だったらどうしよう」と少し憂鬱になっていました。
だいたいこういうケースの修理は手間がかかる事が多く、閉店時間を過ぎての対応ということもあり、少し億劫になっていたのです。

やがて僕の背丈より少し高い位置でリフトが停止しました。
ボディー下もよく整備されていて、年式の割にはとてもきれい。パッと見た感じ、足回りにも異常はありません。大きな衝撃を伴う衝突であれば、ホイールやキャリパーに破損があってもおかしくはないのに?

故障しているとは思えない

しっかりと点検しなくてはモヤモヤしますが、結論からすると異常はありません。
考えられるところでミッション系かな?と思うのですが、点検するには手間も費用もかかりますし、無責任な言い方と思われるでしょうが壊れてしまってからでもと思います。

オーナーさんに説明すると、このまま乗って帰るのを勧めたのですが、意向でしばらく預かることになりました。
何よりよほど車を大切にしているようで、オーナーさんの困惑ぶりが見ていて可哀想なほどだったのを今でも思い出します。

いずれにしても、その日の作業は中断し続きは翌日行うことにしました。
急な持ち込みでしたので、代車は用意出来ませんでした。オーナーさんのご主人が迎えに来られ、工場の敷地を出られるのを見送った後、店じまいに入ります。

正直なことを言えば、季節の変わり目でタイヤの着脱など持ち込みが多い時期でしたので、残業は仕方ないのですが、このような面倒な持ち込みは余計です。
社長の意向でお客さま第一なのは良いのですが、雇われの身としては複雑なものがあります。

さあ帰ろう

整備工場の後片付けをして、書類整理を終えた頃には時刻は10時をまわっていました。
妙に疲れてしまい、さっさと帰ろうと作業場のシャッターを下ろして電気を切ります。晩飯は何を食べようなどと、くだらないことを考えながら出入り口のドアの鍵をかけた瞬間・・・。

「ドンッ」

整備工場から何かがぶつかったような、大きな鈍い音が聞こえました。
設備が倒れたのかと慌ててドアを開けて電気を点け、作業場内を見て回りますが何も異常はありませんでした。溶接ボンベもクレーンも無事です。
疲れているし気のせいだったのかと、出口に向かおうとした時・・・件のワゴンが視界に入り、僕は絶叫しました。

ワゴン車の腹下から、血だらけの女性の上半身らしきものがぶら下がっているのです。両手をダランと垂れ下げて、青ざめた顔には生気が感じられません。

たまらず叫び声を上げると、女性は気がついたように僕を見つめてきました。ズタズタに崩れた顔を目一杯歪ませて、狂ったような笑みを浮かべる女性の姿に背筋が凍りつき、震えが止まりません。

むかってくるぅぅぅぅ

女性の上半身は内臓が後輪に絡みついてでぶら下がっていたのですが、ブチブチと音を立てながらどんどん千切れ、グシャっと地面に落下し、そのままうつ伏せに衝突したかと思うと・・・・。ズルリ、ズルリ、両手でゆっくりとこちらに這い寄ってくるのです。

腰が抜けて地面にへたり込みながら、僕は絶叫とともに手に触れたものを手当たり次第になげました。スパナやトルクレンチが大きな音を立てて地面や壁にあたり、火花が飛び散ります。
どれだけの時間そうしていたのかはわかりませんが、気がつくと女性は消えていて、あたりには工具が散乱していました。全身が凍えて震えが止まらず、冷や汗が止まりません。

急いで工場を後にし、その日は友人の家に泊めてもらうことにしました。僕の顔を見るなり異変を察したのか、怯える僕に朝まで付き合ってくれました。

よくあること

翌日、社長に昨晩の出来事をそのまま伝えると、驚いた様子もなく「よくあることだ」と一言。
社長も似たような経験をしたことがあるらしく、事故歴のある中古車や事故現場を通行したときなど、一緒に連れ帰ってしまうことがあるのだそうです。

ですが流石に整備は受けられません。社長も承諾してくれ、件のワゴン車は入庫を断ることになりました。
オーナーさんには原因不明、うちでは対応出来ないと伝えるとガックリと方を落とし、お気の毒ではあるのですが、僕の体験した事を話す訳にはいきません。


それから整備士を続けていて、動物の脚らしきものや肉片がへばりついた車両があったくらいで、幽霊らしきものが見た事はありません。
社長は「よくあること」と言いますが、あれほど強烈な体験は二度とお断りです。

※画像はイメージです。

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