母は三年前に亡くなり、遺品を整理していたときに日記帳を見つけました。
見て良いものなのかとは思ったのですが、母はなにを考えて、どんな事を思っていたのだろう。
そういった気持が強くて、なんか申し分ない気持ちもあったのですが、ページを開きました。
もともと几帳面な人だったので、日記には普段の買い物や天気のことが淡々と記されていて、母の事を思い出して涙がでてきました。
読む進めて行く内に、一九九三年八月のページに、古いレシートが栞のように挟まっていたのです。
その夏、母は私を連れて長野にある親戚の家へ泊まりに行ったらしい。
日記によれば、二泊三日の滞在中、私はずっと縁側に座って庭を眺めていたという。
食事のときも、風呂のときも、母が声をかけるたびに庭から引き離さなければならなかったぐらい、気に入っていたようだと書かれていました。
しかし、5歳の子供が何時間も同じ場所で同じ方向を見続けることを、親戚たちが気味悪がったらしい事も。
帰宅する日の朝、母は私に聞いたという。庭の何がそんなに面白いのかと。
すると私は、「木のところにいる女の子と遊んでいる」と支離滅裂な事をいったらしい。
親戚の親戚の家にいったような、おぼろげな記憶がありますが、それ以上の事は思い出せません。
日記はそこで数日分が破り取られ、次のページは九月になっていました。
なぜ破ったのかは分かりませんが、ただ、気になることがあります。
日記によると、小さい頃、私は絵を描くたび、自分より少し背の高い女の子と手をつないでいる絵ばかり描いていたらしいです。
母はそのたび、「お友達?」と聞いたそうだが、私はいつも「ちがう」と答えていたという。
確かに子供の頃、好んでそんな絵を書いていたのを覚えていますが、なぜだったかは覚えていません。
先月、父にそれとなくこの話をすると、父は少し黙ったあと、お前が生まれる前に一度、流産があったと言った。
女の子だったらしい。
自宅から帰宅したあと、私は持ち帰った昔のアルバムを眺めていると、その中に、いつ描かいたのか覚えていませんが、小さい頃に描いたらしい家族の絵が一枚挟まっていました。
父と母。その横に、知らない女の子が、私と手をつないでいた絵でした。
※画像はイメージです。


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