美しい大自然を堪能し、素晴らしい登山の思い出の1ページとなるはずだったトムラウシ山縦走ツアー。
しかしそのような甘い夢は霧散し、結果ツアー参加者15人とガイド3人中8人が死亡するという夏山登山史上最悪レベルの遭難事故になってしまった。
遭難事故の原因はなんだったのか
結果として8人もの人間が亡くなるという惨事になってしまったトムラウシ山遭難事故。
遭難事故に至った原因の根幹は悪天候下で低体温症を引き起こしてしまったことにある。
しかし、同様の気象条件下でも無事下山を果たす登山者は大勢いる。
では今回、気象遭難に陥ってしまった要因はなんだったのだろうか考えていきたい。
ガイドらによる事故要因
このツアーの中でパーティー全体の健康状態や安全について注意を払わなければならなかったのは、引率したガイドらだ。
遭難事故そもそもの発端は、悪天候下で出発の決定をしたガイドらの判断ミスといえるだろう。
今回、事故を回避するための大きなターニングポイントは2つあったとと考えられる。
当日の出発の決定
事故当日はかなり天候が悪かったにも関わらず、出発の決定を下してしまったことが、最大の判断ミスだろう。
とはいえ天候を予測するのはとても難しいわけだし、それを責めるのは非情と思われるかもしれない。
しかし、悪天候に加えて最終日で疲れが溜まっている上に、長い行程を予定していた。
また、前日に衣服や装備品を濡らしている参加者もいて、装備面も万全とは言い難い。
さらにツアー参加者の大半が65歳以上の高齢者だったのだ。
今回の悪天候であっても体力十分・準備万端の状況で挑めば、事態は全く違ったのかもしれない。
しかし、ツアー参加者の体力・装備・年齢面といったマイナス要素が多い中、悪天候下での出発は明らかな悪手だったと言えるのではないだろうか。
ルート変更の決定
事故調査報告書内でガイドらも語っているが、もしも出発後に引き返すという判断をするなら雪渓が終わった後からロックガーデンの間だった。
この地点ならば、例え時間がかかったとしても明るいうちに前日に滞在したヒサゴ沼避難小屋に戻ることが可能で、そこにいるシェルパに手を貸してもらえるからだ。
また、通常の2倍のタイムでようやく辿り着いた北沼が増水によって予定外の渡河を迫られた時点で今迄の判断ミスを認めて、誰かが先行して救助の連絡を試みるなどの対策をとるべきだったのだろう。
結果としては道中の風雨、そして渡河によって濡れて体を冷やしたことでパーティー全体を低体温症の危険にさらしてしまったのだ。
1人の体調不良者に構いすぎたこと
河を渡り切った後、急激に体調が悪化した静子(後に死亡)の看病のためガイドらが3人がかりで2時間近く対応しており、この間、他のツアー参加者は強い風の中、寒さに震え待機を余儀なくされている。
この後、低体温症と思われる症状が出た者が続発したことを考えると待機時間が低体温症の症状を進行・悪化させた1つの要因だろうと推察できる。
もしも、渡河時点で全体の体調確認を行い、ガイド1人が体調不良者と共にビバークの判断を下して残りのガイドらが他の参加者を早めに出発させることができていれば、より多くの人が下山できた可能性があるのではないだろうか。
そしてこういった判断をするにあたっての判断材料となる、ガイド間でのコミュニケーション、タイムリーな情報収集、ツアー参加者らの健康状態と力量の把握が今回されていなかった可能性が高い。
2泊3日の行程であるにも関わらずガイドらが情報収集のためのラジオを携帯しておらず、行動判断においてもガイド間で軽いミーティング程度のことしかされていなかったようだ。
3人のガイドの中でトムラウシ山の経験がありルートを正確に把握しているのはメインガイドただ1人だった。
しかし、ガイドの長であるガイドリーダーとメインガイドの間で行動内容について詳しく話し合われた形跡はない。
どうやらガイド3人はこのツアーが初めての顔合わせで、情報共有や連携してパーティーをサポートするといったコミュニケーションを取ることが出来ていなかったようなのだ。
また、65歳以上の高齢者が多かった上にツアー参加者は登山経験もそれぞれで登山の力量や健康状態のレベルがパーティー内で均一ではなかった。そしてそれをガイドらが事前に把握しておらず、ツアー中に詳細な確認が取られてもいない。
ツアー参加者は自身の安全を担保するためにわざわざ金を払ってツアーに参加している。
お客様は神様だ、などという気はないのだが、ツアー参加者を安全に下山させるという最低ラインの信頼に応えるだけの行動をガイドらがとっていたか、素人の目から見ても強い疑問が残る。
ツアー参加者本人らによる事故要因
今回の遭難事故はガイドらの判断ミスが引き金になったことは容易に推察できる。
では、ツアー参加者ら自身には全く問題はなかったのだろうか。
事故調査報告書で遭難に至るまでを確認してみると気になることがある。
1.標高1,700mを超えると高山病の症状がでる者がいた。
(トムラウシ山の標高は約2,141m、今回のコースも全体を通して標高1,800~2,000m付近を歩き続ける。)
2.装備を濡らさないための知識や濡らした後の乾かし方を知らない者がいた。
3.アイゼンの装着の仕方を知らない、装着経験不足の者がいた。
4.低体温症について知らない者がいた。
報告書で触れられている箇所だけを見ても、北海道の高山を登るにあたっての知識や経験を全員が十分持ち合わせていたとはどうしても思えない。
もちろん、こうした知識や経験の不足を補い、身に付けるためにツアーに参加しているという側面はあるだろう。
しかし、山での身の安全と健康に最終責任を持つのは結局は自分自身なのだし、ツアーとなれば自身の至らなさが逆に他の参加者の足を引っ張ってしまうことになりかねないことも簡単に想像できる。
参加者全員がトムラウシ山にチャレンジするだけの条件を満たしていたのか、疑問が残る。
アミューズトラベルによる事故要因
今回のツアー催行にあたって、ツアーを企画、参加者を募集したのはアミューズトラベルという旅行会社だ。
同社は登山ツアーやエコツーリズムといった商品を得意としており、国内外でツアーを企画・募集していた。
しかし、アミューズトラベルはこの事故以前からも良くない噂が絶えない会社だった。
本来であれば、無人避難小屋は到着順に寝床を確保するのが暗黙のルールとされるところを、スタッフを先行させツアー客用に事前に場所取りしてしまうといったマナー違反が散見されていたようだ。
自社のツアー参加者のことのみを考えた営利優先の姿勢がうかがえる。
今回のツアーは2泊3日で予備日が設定されていなかった。
もしもガイドらが現地で停滞を選び、行程が1日延びれば追加料金が発生してしまう。
また、ヒサゴ沼避難小屋には、この事故に遭ったパーティーの後にアミューズトラベルが企画した別の登山ツアー客のパーティーが宿泊予定だった。
別の登山客らも宿泊することを考えれば、小屋のキャパシティーは2組のパーティーを受け入れるだけの余力がない。
こうした余裕のなさが現地でのガイドらの判断を鈍らせた可能性も否定できないのではないだろうか。
また、アミューズトラベルが今回のツアーを企画・募集した段階で参加者がツアーの行程を安全にこなせるだけの力量や知識を持ち合わせているか、確認した形跡もない。
もしも同社が客だけを募り、とりあえず山に送り出してしまえば現地でガイドがなんとかするだろう、という低い危機意識の中でツアーの企画を行っていたのだとしたら、安全よりも利益を重視しすぎていると言われても致し方ないと言えるだろう。
アミューズトラベルのその後
アミューズトラベルはトムラウシ山遭難事故を引き起こしたことにより、51日間の営業停止処分を受ける。
しかし、この営業活動を行ってはいけないとされる期間内に顧客10人と新規契約を交わしてツアーに参加させていたとして厳重注意を受けた。
なぜ自社が処分を受けたのか理解していたとは思えず、利益重視の姿勢がなんら正されていないと言われてもおかしくはないだろう。
そして同社はさらなる悲劇を生む。
2012年11月3日、アミューズトラベル主催の万里の長城付近の山を巡るトレッキングツアー中に大雪が発生。
日本人観光客ら5人が遭難し、3人が低体温症で死亡する事故が発生した。
事故後の調べで、このトレッキングツアーは同社としては初めての企画だったにも関わらず、現地の下見を怠り、携帯電話の電波が入らない山間部を歩くのに、添乗員に衛星電話を持たせていなかったなど杜撰な管理体制だったことが判明。
トムラウシ山遭難事故の教訓が全く生かされていない、山を舐め切りツアー参加者の命を軽視した会社の姿勢が露になった。
12月4日、アミューズトラベルは観光庁に対して、12月20日付で事業を廃止し旅行業務から撤退する意向だと連絡する。
しかし自身で事業を廃止した場合、処分を免れすぐに事業を再度立ち上げることができてしまう。
観光庁はそれを許さず、18日には聴聞、そして12月19日付で旅行業登録を取り消すというスピード処分を下した。
旅行業登録の取り消し処分を受けたことで、アミューズトラベル社及び同社の社長と役員は、5年間旅行業の再登録が出来なくなった。
こうしてアミューズトラベルの作り出した負の歴史の終止符が打たれることになったのだ。
山での悲劇を生まないために
仲間と励ましあいながら、時には己と戦いながら、雄大な山々に挑む登山。
登頂の果てにある達成感と道中の自然の美しさは愛好家たちの心を掴み、年齢や性別を問わず、山登りを楽しむ人は多く、その魅力は語りつくせないものなのだろう。しかし、相手は人間ごときに測ることもできない大自然。
時に彼らは躊躇なく人の命を摘み取っていくのだ。
自身の命を守るのは自分自身。
そのことを決して忘れてはいけない。
※画像はイメージです。
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