今日もまた何事もなく一日が過ぎて、朝、目を覚ましたとき隣に誰かの体温が残っているのを感じた。布団の中のぬるっとした感覚。気にすることもないし誰かがいることで安心することもあるから、そのまま目を閉じてもう一度眠りに落ちた。
誰かが布団の中にいることに驚かない目を覚ましたときにその存在が消えていれば、それが誰であろうと何も問題はない。
昼過ぎにコンビニで買い物をしていると棚の前で何かを選んでいるが、どこか浮足立っているような気配の女性がいて私に気づくと表情が一瞬固まったようにみえた。
私は無視してそのまま通り過ぎたが何か引っかかる。気づいたときには彼女が私の後ろを歩いているのが分かった。
しばらくして足音が明らかに私の後ろでぴったりと揃い、振り返らずに歩き続けると女性が私の横に並んできた。
私は「久しぶりだね」と言った。
彼女は一瞬戸惑ったような顔をして「あなた変よ。何かおかしい。」と言う。
私はその言葉に答えず無表情で歩き続け、彼女が追い詰められたような顔をしているのを見て興奮した。こんなにも恐怖を抱かせることができる自分に心の中で微かな喜びを感じた。
付いてくる彼女を無視して歩みを速めると彼女の足音が少しずつ乱れてきた。私が急に振り返ると彼女は急に一歩後ろに下がった。その反応がまた私を刺激した。
「あなた怖いのよ。お願い助けて!」
その言葉に私は何も感じなく、ただ面白くてたまらなかった。
手を伸ばして彼女を引き寄せる。彼女は必死に抵抗したけれど私の手が彼女の顔に触れ、力を入れればその存在が消えるだろう。そして彼女がその場から消えた。
空気が静かになって何もかもが普通に戻った。誰もいない。私はひとりだ。
帰り道、少し風が冷たかった。何も変わっていないような気がしたがどこか不安が募る。
家に着いて、私は無意識に鏡を見たくなった。普段は見ないのに今日はどうしてか自分の顔を見たくなった。
鏡の中に映った自分を見て安堵のような感覚を覚えた。その顔はどこか不自然に歪んでいて目が開きすぎている。
唇の端がわずかに上がり微笑んでいるようにも見えた。
その瞬間、「ああ、やっぱり」と鏡の自分にはなしかけた。
自分の中で何かが理解できた気がした。私そのものであり私でない。
私の心の中にある不安がわずかに解消された。
突然、電話が鳴った。
誰だろうと思い無意識に出ると「お前、全部お前のせいだろ! 何でこんなことになったんだ!」
電話の向こうから、荒れ狂った男の声が聞こえた。私はその声を聞きながら何か思い出そうとしていたが解らない。
男の声がだんだんとひどく絶望的になって叫びに変わる。私は黙って電話を聞き続けた。
「全部お前のせいだ!」男の声がさらに響くが少しも気にすることなく無視した。
電話を握りしめる手が震えているのを感じるがただの雑音だ。
私は電話を切ってもう一度鏡を見た。そこに映っているのは私だけだが、鏡の中で私の目がほんの少し動いているように見えた。
※画像はイメージです。
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