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呪い屋 景司

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この世にはびこる悪。地位を利用し、法を捻じ曲げ、己の罪を無かったことにする者たち。そんな悪人たちに翻弄され、罪をなすりつけられ、報われぬまま涙を流す者たちがいる。彼らの中には世の不条理を訴える者、不公平を嘆く者、そして真の悪人を恨む者もいる。時には、その中に親や子を奪われた遺族の姿もあった。
そんな切実な願いを叶えるために、呪い屋・景司は存在する。

景司は金を取らない。呪いは決して正義ではなく、報酬を受け取ることは悪の商いに成り下がることだからだ。しかし、だからといってそれを「ボランティア」と呼ぶこともない。善行ではないからだ。ただひたすら、毎日、名簿に載る悪人(と思われる者)を呪い続ける。朝から晩まで、呪い続ける。その名簿はどこからか送られてくる。誰が作ったのか、どうやって情報が集まるのか、景司は気にしない。自らの役割を黙々と果たすだけだった。

景司は、自分が誰かから呪われる日が来ることも理解していた。どれほど念を込めようと、悪がこの世から消えることはない。呪いを重ねるたびに、自らの心は少しずつ擦り減っていった。呪えば呪うほど、自分もまた業を積み、やがて地獄へ落ちるのだろうと覚悟していた。それでも跡継ぎを作る気はなかった。こんな稼業を引き継ぐ者など、誰一人いてはならない。呪い屋は一代限りで終えるべきなのだ。
だがある日、奇妙な巡り合わせが起こる。

景司が日々呪っていた名簿の中に、とある実業家の名前があった。政治家や企業と癒着し、不正を重ね、人々を苦しめていた男。景司は淡々とその名に念を込めた。ほどなくして男は事故で命を落とした。偶然か、それとも呪いの力かは分からない。だが、その後、その男の息子が景司を訪れた。
「弟子にしてください。」
少年は静かにそう言った。

景司は、彼の名を知っていた。自らが呪い、死へと追いやった男の息子。少年は復讐のために来たのか、それとも真実を知りたかったのか。景司は、迷った末に少年を弟子として迎えることを決めた。
「お前の父親を殺したのは俺だ。」
そう教えることが、唯一の誠意だった。

少年は何も言わなかった。怒ることも泣くこともせず、ただ黙って頷いた。その日から、景司と少年の奇妙な師弟関係が始まった。
呪いの技術を教える中で、景司は少年が何を考えているのかを探った。少年は自分の父を本当に憎んでいたのか? それとも景司に復讐する機会を窺っているのか? 何度も問いかけたが、少年は何も語らなかった。ただ、呪いの作法を学び、正確にこなしていった。

そんな日々の中で、景司の心にはかつてなかった葛藤が生まれていった。少年を弟子にしたのは、贖罪のつもりだったのか。それとも、自分の後継者として育てようとしているのか。景司にとって、呪いは己一代限りの業であるはずだった。だが、いつしか弟子と共に生きることに、一抹の安心感を抱いている自分がいた。
ある日、少年が初めて言葉を発した。

「先生は、誰かに呪われたことはありますか?」
その問いに、景司は答えなかった。だが、少年は静かに言葉を続けた。
「僕は、たぶん、先生を呪えない。」
景司は、ただ黙って少年を見つめた。
この稼業が善ではないことは分かっている。呪いは呪いでしかなく、決して正義にはなりえない。だが、少年は呪いを学びながらも、景司を呪おうとはしなかった。

その時、景司は初めて、己が救われる道があるのかもしれないと感じた。
それが何なのか、まだ分からない。だが、少なくともこの少年に、自分と同じ道を歩ませるわけにはいかない。
景司は、再び名簿を手に取った。
今日もまた、呪いを続ける。ただ、その手の震えは、かつてよりも少しだけ強くなっていた。
そしてある夜、少年は景司に問いかけた。
「もし、この名簿が間違っていたら?」
景司は言葉を失った。

少年は続けた。「僕は父を知らない。でも、もし彼がただの悪人ではなかったら?」
景司の心に、初めて迷いが生じた。これまでの自分は何だったのか。呪うべき相手は本当に悪だったのか。
その日から、景司は呪う手を止めることが増えていった。名簿に載る名前を見つめ、問い続けた。これは本当に呪うべき相手なのか。
そして、ある日、景司は少年に言った。
「お前は自由に生きろ。」
呪いは、己の心にも影を落とす。少年には、そんな道を歩ませたくなかった。

景司は最後の名簿を見つめる。
そこには、自分の名前が記されていた。
その瞬間、景司は笑った。そして、ゆっくりと呪いの言葉を唱え始めた。
彼の姿が消えた後、少年は名簿をそっと手に取り、新しい人生を歩み始めた。

やすのじ
できることはできるうちに

「奇妙な話を聞かせ続けて・・・」の応募作品です。
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※画像はイメージです。

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