むかしむかし、ある山里に庄作(しょうさく)という若い猟師がおった。
庄作は腕のいい猟師で、鹿や兎を仕留めては暮らしておったそうな。
ある年のこと。秋も終わりに近づき、山々が赤や黄色に染まるころ、庄作はいつものように山へ猟に出かけた。
ところがその日は、獲物が一匹も見つからんかった。
「おかしいな・・・こんなことはめったにないのに」
そう思いながら山を歩いていると、足元にぬかるんだ沼があった。
「こんなとこに沼なんぞあったか……?」
庄作は不思議に思いながらも、その沼を迂回して歩いた。
そのとき、ふと水面に影が映った。
それは真っ黒な着物を着た、白髪の老婆の姿だった。
「なんじゃ、婆さんがこんな山奥に?」
不審に思いながらも、庄作は老婆に声をかけた。
「婆さま、こんなところで何をしとる?」
すると、老婆はゆっくりと庄作の方を向いた。
その顔はしわだらけで、目はどこまでも真っ黒、歯はまるで魚の骨のようにギザギザとしていた。
「お前の肉は、うまそうじゃのう」
そう言うが早いか、老婆はぬるりと沼の中から這い出し、異様に長い腕を伸ばした。
庄作は反射的に飛びのいたが、老婆の爪が肩にかすり、途端に体がしびれた。
「こ・・・これは」
足が動かん。腕も上がらん。まるで沼そのものに引きずり込まれるような感覚じゃった。
老婆は口を大きく開き、黒ずんだ舌をべろりと出した。
「お前も、ここで、沼の一部になれぇ」
庄作は必死で地面を這い、なんとか手元の山刀を握り、そして渾身の力で老婆の腕を斬りつけた。
「ギャアアアアア!」
老婆は恐ろしい声をあげると、沼の中へと後ずさった。
庄作はその隙に転がるように逃げ出し、息を切らしながら山を駆け下りた。
家に帰ると、肩の傷は黒ずんで冷たくなり、いくら洗ってもその痛みは消えなんだ。
そして、村の年寄りたちがこう言った。
「それは、沼婆(ぬまばば)に呪われたんじゃ」
庄作はすぐに寺へ行き、祈祷を受けたが、それでも肩の痛みは消えず、日に日に痩せ細っていった。
とうとう冬が来るころには、庄作はまるで干からびた木のようにやせ衰え、ある夜、ふっと息を引き取った。
それからというもの。
あの沼のそばを通ると、「お前の肉は、うまそうじゃのう・・・」というかすれた声が聞こえるという。
そして、庄作が最後に残した言葉が、今も村に伝わっておる。
「沼に影が映ったら、決して覗き込むな」
とんと昔のお話じゃ。
※画像はイメージです。
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