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桃太郎の「鬼」は本当に悪い鬼だったのか?

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誰でも一度は聞いたことがある日本の英雄物語、桃太郎。
日本で連綿と受け継がれてきたお話ですが、完全な創作(フィクション)ではなく、歴史的な出来事を基に作られた伝説だと言われています。
そして桃太郎伝説と言えば岡山県発祥であると聞いたことがあるかもしれませんが、なぜ岡山県なのでしょうか?

目次

桃太郎の鬼退治伝説

岡山県には吉備津神社という神社があり、そこに伝わる温羅(うら)退治伝説が桃太郎の鬼退治伝説の由来だという説があります。
吉備の国に「温羅」という恐ろしい鬼がいて、民が苦しめられて困っているので崇神天皇が吉備津彦命(きびつひこのみこと)を派遣し、その鬼を討ち取ったという内容です。つまりこの説では、この吉備津彦命が桃太郎のモデルというわけです。

そしてこの鬼である温羅は実は鬼ではなく歴史上の人物であり、当時吉備地方を統治していた者、「吉備冠者(きびのかんじゃ)」だったとされています。この温羅がどんな人物だったか、明確にはどこの出自だったかには諸説ありますが、「異国の鬼」と吉備津神社の縁起に書かれている温羅はともかく渡来人であったというのはほぼ間違いないがないと考えられています。

渡来人と鉄器

当時出雲地方や吉備には地理的条件もあり大陸・半島から大量の移民、いわゆる渡来人が来ていました。特に吉備地方へは大変優れた鉄器技術を持ち込んでおり、鉄生産が非常に盛んになっていました。古代の勢力争いにおいては何よりも重要だった、鉄生産技術。もちろんその優れた技術で鉄製の武器も生産可能です。

大和朝廷にとって巨大な脅威になることから、温羅は討伐され、後世には「鬼」とされ、徹底的に悪・倒すべき恐ろしいものとして伝承されていったのでしょう。朝廷に逆らう者=鬼という図式です。伝承では温羅がいかに悪く、そして殺しても死なないほどに恐ろしく強かったかが強調されており、この伝承を創り、広めた側がどれだけ脅威と感じていたかが伺い知れます。

この時代の吉備は出雲の勢力域でした。出雲は古代、大和朝廷に匹敵しうる最大級の力を持った土地であったとも言われており、独自の習慣や価値観を持っていて、渡来人たちや彼らの技術を積極的に受け入れて、どんどんと国力を増やしていました。
古代の日本列島は7世紀以降、大和の中央政権によって一応は統一された状態とは全く違い、出雲をはじめ国家ともいえる勢力がいくつも乱立している状態でした。温羅退治伝説は大和政権による出雲国制圧を反映しているとも言われています。

悪い鬼の正体

桃太郎の物語の成立には、この他にも日本各地の様々な伝承が絡みあっているという見方が一般的ですが、現在知られている、「桃から生まれた桃太郎が犬・サル・雉をお供にして悪い鬼を退治し、民の英雄になる」という型が一気に広まったのは明治時代です。明治時代は国家への忠誠心が国民に期待され、大日本帝国に逆らう「悪」を討伐し英雄になることが善とされていた風潮や意識に、桃太郎の物語はぴったりと合ったのかもしれません。

日本は「神話の国」とも言われ、神話・伝承・伝説・御伽草子などなど、歴史や出来事を「物語り」で語り継ぐのはもはや文化的特徴。古代から現代まで、この国は物語に溢れています。
その物語は誰の目線で語られ、誰にとっての「悪」だったのか、興味を持ってみると、一段と深く日本のことを知れるかもしれません。

※画像はイメージです。

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