東北にいた謎の人物?ポーポー様に迫る

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皆様はポーポー様をご存じでしょうか?
幽霊や妖怪の類をイメージする人がほとんどだと思いますが、実在した人物らしいのです。

目次

ポーポー様とは?

ポーポー様は、気仙沼市本吉地区に伝わる伝承に登場します。

昔々、ある吹雪の夜によそから病気を患った男がやってきました。
男は「一晩泊めてほしい」と頼んできたのですがが、人々は病がうつるのを恐れて助けようとしません。
けれど、林の沢の里人は男を歓迎し、温かく迎え入れたおかげで、寒さをしのげただけでなく、病気からも回復できたのでした。

それはさておき男は里人には分からない言語で喋っていたそうです。
意思疎通は難しくても心は優しく、恩を返すかのように、病気をわずらった人の家をまわっては魔法を使って治したいうのです。

その際に「ポーポー」と言いながら息を吹きかけ、病気を治したことから「ポーポー様」と呼ばれるようになりました。

それから里で一生を終え、里人たちは敬意を込めて「ポーポー様」のお墓を立てました。

これがポーポー様の伝承です。
今でも痛いところに手を当てて、「ポーポー」と息をかける習慣があるそうです。

ポーポー様の正体は!?

このポーポー様の正体ですが、「迫害から逃れたキリシタン宣教師」というのが通説です。

理由は、外国人だから言葉が通じなかった事と、治療時の「ポーポー」という言葉は、ラテン語の「パーテルパーテル(父よ父よ)」や聖句が当時の人達にはそう聞こえたと考えられています。
息を吹きかける行為も宣教師が祈りの一環として行ったとされていますが、実際のところは分かりません。

たしかにキリシタンは東北にも存在しており、イエズス会の宣教師ディエゴ・カルワリヨ神父は東北地方と北海道で布教した記録が残っています。
カルワリヨ神父はキリシタン迫害の憂き目にあい、結局、江戸での水牢処刑されてしまいます。
これは元和9年、1624年の出来事。

今も本吉地区にあるポーポー様のお墓には寛永8年(1631年)という没年らしき年号が刻まれていることを踏まえると、ポーポー様は東北に残って布教を続けていた宣教師だったと考えられます。
他にも林の沢から数キロ離れた大籠という地区で激しい弾圧があったことから、状況証拠からも可能性は十分あり得ます。

ポーポー様が謎なのは?

しかしながらここで気になるのは、ポーポー様の容姿や好みといった情報が一切伝わっていないことです。
その理由として、村人たちは宣教師であることにうすうす感づいていたので匿った可能性があります。

宗教的に違うかもしれませんが、キリスト教の教徒といえば神に使える人物で、癒し手となれば聖人である事は村人たも理解できるはずです。伝承に誇張はあるかもしれませんが、神も同然だと言えます。
そういった、村にとって有益な人物をみすみす役人に渡すとは思えません。
地域の秘密として外部に情報が漏れないようにしたからこそ、伝わっている情報が少ないのでしょう。

ポーポー様が何者であったのか、それを断定できる資料は存在しません。
しかし、不可解な治療行為で治療したのであれば、神格化しても当然なのですが残っているものは質素なお墓だけ。
こういった事からも、ポーポー様は存在し、親しまれていたとさえ思えてしまうのです。

出典・引用
ポーポーさま/山犬の杜
東北のキリシタン聖地-旧大津保村を中心に / 仙台・宮城・東北を考える おだずまジャーナル – 楽天ブログ
キリシタン?妖怪?神様?本吉地区に残る謎の墓標「ポーポー様」とは?【宮城県気仙沼市】

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