職場の意外な安全地帯

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かつて勤務していた火葬場について、これまで何度か怪異の体験を書いてきました。
そんななか、最近になって、あの頃はまったく意識していなかった事に気付いたのです。

施設内のある特定の場所だけ、怪異や霊的な気配を一切感じたことがなかった場所。
それが「トイレ」です。
火葬場内には計三箇所のトイレがあり、いずれも勤務中に使用していたのですが、恐怖を感じる出来事や不可解な現象を一度も体験していないし、噂を聞いた事がありません。

辞めてから数年経った今になって振り返ると、明確な「安全地帯」だったように思えるのです。

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火葬場に配置されているトイレ

火葬は一日に一件程度という日が多く、葬儀が終わると来場者も職員も全員引き上げていきます。
職員は私を含めて二人だけで、管理のために施設に残るのは当番の一人でした。

静まり返った施設内を一人で巡回し、点検や清掃、備品の補充を行います。その最中、必ずではないにせよ、何らかの不可解な現象が起きることがあるのです。
ホールやご遺族の控室では、ラップ音が響いたり、消していたテレビが突然点いたり、誰もいないはずの自動ドアが開閉したりする。
そうしたことは決して珍しくありません。

しかし、トイレだけは明らかに様子が違ったのです。三箇所すべてのトイレで、同様の現象は一度も起きていません。
蛇口が閉まらない、便器が詰まるといったトラブルが時折ありましたが、いずれも使い方等の人為的なものです。
霊を疑うような不可解な事はなく、利用者から異変の報告を受けたこともありません。

トイレは安全地帯?

まず考えられるのは、火葬場のトイレの構造です。
この施設のトイレは、男女とも扉を開けると鏡が向かい合う、いわゆる合わせ鏡の造りになっていました。
合わせ鏡は、鏡が互いに向き合うことで像が無限に反射し、「異界と重なる」「気が滞る」「霊が見える」といった不気味な事が起きやすい構造です。

しかし、この性質は魂や霊的存在を寄せ付けない理由にはなりません。一般的な解釈では、むしろ異界との接触や影響を強めるものとされることが多い。
他にも学校のトイレにまつわる怪談が数多く存在することからも、トイレが怪異と無縁な場所だとは言えません。

ではなぜかと思った時、注目したのが、トイレが持つ「不浄」という性質です。
日本の民俗観や宗教観において、排泄は古くから穢れと結び付けて捉えられてきました。トイレは神聖さや儀礼性から意図的に切り離された空間であり、弔いや祈りが行われる場ではありません。

火葬場は、死という極めて強い思念が集まりやすい場所ですが、トイレはその流れから外れています。人はトイレに入ると、悲しみや緊張といった感情を一時的に中断し、排泄という生理的な行為に意識を集中させます。用を済ませれば速やかに立ち去り、感情や思念をそこに留めることはほとんどありません。

排泄という行為は、生きている身体の感覚そのものであり、死や儀式とは正反対の方向を向いています。
そのため、火葬場という死の空間の中にありながら、トイレは死から切り離された領域となっていたと考えられます。

結論として、トイレは「安全な場所」だったのではなく、死に伴う感情や象徴が成立しにくい、分断された空間だったのでしょう。
そのため、不気味さは感じられても、霊的な作用や怪異が発生しなかったのではないかと思われます。

※画像はイメージです。

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