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何がソレを駆り立てたのか…日本史上最悪の獣害事件 三毛別羆事件(解決・考察編)

1915年(大正4年)12月、北海道苫前郡苫前村三毛別(さんけべつ)(現・苫前町三渓)。この地で、女性や子供、7人もの人間が巨大なヒグマに襲われる事件が発生した。住民達はこの凶悪なるヒグマを討ち取ることができるのであろうか

目次

悪魔の討伐

多くの仲間を失い、今だ自分たちを狙っているかもしれないヒグマの恐怖におびえた住人達は女子供や老人らを中心にすぐに事件現場から離れた場所に避難。

12月12日、斎藤石五郎から通報を受けた北海道庁警察部(現在の北海道警察)は、管轄の羽幌分署分署長に討伐隊の組織を指示し、警察を中心とする討伐隊が結成され、本部が三毛別地区の区長大川与三吉宅に設置された。
また、同日夜には陸軍にも救援要請が出されるなど、ヒグマ討伐に向けての包囲網が着々と形成されていった。

屈辱的な作戦

そしてこの日、人食いヒグマをおびき寄せるために人間にとって屈辱的な作戦がとられることが決定する。
討伐隊内で、ヒグマが自らの獲物を取り返そうとする習性利用し、ヒグマをおびき寄せようという作戦が提案されたのだ。
このヒグマの獲物とはなにか、それは食い残した人間の遺体である。

明景家に残された犠牲者達の遺体を罠にして、ヒグマをおびき寄せようという苦肉の策なのだ。
討伐隊からこの作戦を提案された遺族はこの時何を思ったであろうか。
集落の安全を考えれば、ヒグマ討伐は第一の命題だ。

しかし、圧倒的ヒグマを前にその恐怖の中死んでいった犠牲者を再びそのヒグマの前に差し出す。
ましてや連絡係をかってでて、自身が不在の間に妻と3人の幼い子供(うち1人は生きて抱くこともできなかった胎児である)を失った斉藤の心中を考えると同情を禁じ得ない。

斉藤がいたからと言って状況が変わっていたか否かは、もしも論になってしまうので論議する気はないが、家族を失った本人からすれば、その場にいなかったという後悔は余りあるものだっただろう。遺体をヒグマのエサとして利用させてほしいと提案する側もそれを諾とする側も心中、大きな葛藤があったはずだ。

相手が上手

遺族と住民の承諾を得た討伐隊はすぐに作戦を実行に移した。
明景家に一連のヒグマ襲撃により犠牲となった遺体すべてを運び込み、討伐隊は銃を携えて家の中で遺体と共にヒグマの来襲を待ち構えたのだ。
討伐隊の狙い通り、ヒグマは明景家に獲物を取り戻すべくやってきた。

しかし相手が上手。
ヒグマは家の前で歩みを止めて中を警戒すると、家の周囲をぐるぐると周回し森へ引き返していった。
その後ヒグマは太田家に3度目の侵入を企てるなど、射止める機会が訪れたものの、作戦の甲斐なく、結局ヒグマを討つことはできなかった。

翌日には住民が避難して無人になっていた集落内の家屋8軒がヒグマに侵入される被害に遭う。
夜にもこのヒグマと思われる影が目撃され、発砲したものの取り逃がしてしまった。
夜が明け、昨夜ヒグマが目撃された現場を捜索すると、付近でヒグマの足跡と血痕が見つかった。

討伐隊隊長は、「もしもヒグマが昨日の銃撃でケガをしたならば、動きが鈍るはずだ」と判断。
足跡を辿って山に入ることを決定した。

山本兵吉

一方、ここでこの討伐隊とは別行動をとる者がいた。
山本兵吉という男だ。

山本という人物についてはっきりと断定できる記録は残っていないが、北海道初山別村の生まれといわれている。
若い頃から猟師として山に入っており、樺太に行った際にヒグマを鯖裂き包丁で刺し殺した事から「サバサキの兄」と呼ばれたという逸話を持つ豪快な男である。

この男、何の因果か偶然にもこのヒグマ騒動の折に三毛別付近におり、事件を耳にしたらしく自ら志願し討伐隊に参加したというのだ。討伐隊が山狩りに向かった際、なぜ山本が別行動をとったのか理由ははっきりしていない。
猟師としての勘がそうさせたのか、素人集団であった討伐隊なんぞに同行したくなかったのか、本人のみぞ知るところである。

山本が山頂付近まで登ると、なんとミズナラの大木に寄りかかっていたヒグマを発見した。すばやく200mほど離れた木の陰に隠れ、標的を見定めた山本は発砲。弾はヒグマの心臓付近に命中した。
しかし、強靭なるヒグマはこれでも倒れない。

弾が命中してもなお、ヒグマは立ち上がり山本を睨み、威嚇してきたのだ。
山本は2発目を発砲。その弾はヒグマの頭を撃ち抜いた。
12月14日午前10時、実に7人もの人間を殺害したヒグマはついに絶命した。

事件考察

さて、圧倒的ヒグマな暴力の前に7人もの人間が非業の死を遂げてしまったこの事件、果たしてこんなにも多数の人間が犠牲にならなければならない事件だったのであろうか。素人なりに考察していきたい。

気になる点は、

  • 何度もあったヒグマ討伐の機会をすべて無駄にしてしまった点
  • ヒグマ出没エリアに住んでいるにも関わらず、ヒグマについて知識が乏しい点

の2つだ。

まずはにヒグマ討伐の機会について振り返ってみたい。
先に記した事件の流れの中で、最後の犠牲者が出た明景家襲撃までに、武器を所持しておりヒグマを討伐することができたと思われる機会は下記の通りだ。

  • 11月、池田富蔵宅のとうもろこしが狙われた時
  • 12月10日、太田家マユ捜索の時
  • 12月10日、マユ、幹雄の通夜時(第2の太田家襲撃)
    この3度の機会で人間対ヒグマの結果はどうであったか。
  • 11月、池田富蔵宅のとうもろこしが狙われた時
    →マタギがヒグマに発砲、命中したもの討ち取れず、ヒグマは逃走。
    地吹雪に遭い捜索を断念。
  • 12月10日、太田家マユ捜索の時
    →捜索隊は集落住民の集まりであり、携行していた銃の整備不良も重なりヒグマは逃走。
  • 12月10日、マユ、幹雄の通夜時(第2の太田家襲撃)
    →襲撃時に家の中で銃を携行していたのは1人、討ち取ることはできず、ヒグマは逃走。

3度の討伐のチャンスの中で池田富蔵宅のとうもろこしをヒグマが荒らしに来た時のみ、唯一マタギという狩りのプロが対応しているが、巨大なヒグマを見た際に冷静さを欠くなど、いまいち玄人であったという印象を受けない。

ここで駆除できていれば1人の犠牲者を出すこともなかったわけだが、例えマタギと言えど、百発百中とはいかないだろうし、地吹雪によって捜査の行く手が阻まれてしまったことや、このヒグマが再び人間を襲う狂暴性をもっていたということは、この時点で知る余地もない。
結果から見れば惜しいことだが、ここで駆除できなかったことは、このタイミングではやむを得なかったと言えるだろう。
では、ヒグマが人間を襲い、恐ろしき人食いヒグマが現れたとわかっていたはずの12月10日のマユ捜索時と通夜時はどうであろうか。

この2度の機会について、まず悔やむべき点はこの時にマタギがおらず、集落住民という狩の素人のみで対応したことだ。
マユと幹雄が犠牲になった第1の太田家襲撃後に住民ら対ヒグマのチームが結成されたわけだが、この中にマタギは入っていなかった。

以前に池田がマタギを雇ったことを考えると、マタギを雇い入れることは不可能ではなかったはずだ。
時間がかかったり、たまたま連絡がつかないなどの事情があったのかもしれないが、そこは時間をおいて待ってでもマタギを雇い入れてから、マユの捜索にあたるべきだったように思う。

もちろん住民、特に内縁の夫であった太田三郎からすれば、妻が生きている一縷の望みに賭けたいという人情もわかる。
しかし、幹雄の状態や家に残されていた血痕から考えてマユの生存確率が著しく低いことは想像に難しくなかったはず。
マユを助け出すにしても遺体を取り返すにしても、人食いヒグマのいる林に分け入るのであるのだから、自分たちの身の安全から考えてもマタギの応援を待って、よく装備を整えた万全の体制で臨むべきだった。

そして明景家での大惨事を生む前、最後のチャンスであった12月10日、マユ、幹雄の通夜。
この通夜を前にしっかりとした対策が取れなかったことが、人間側の最大の過ちであったと考えられる。
まずこの通夜を前に集落住民がとった対策を振り返りたい。

  • 通夜の席に準備された銃は1丁(しかも参列者の護身用)
  • 銃を装備した戦力である男達が1か所に集まっていた。
  • 銃を持たない戦力外である女子供が1か所に集まっていた。

特に下2点、戦力となる集団と、戦力外であるヒグマの標的にされそうな集団が別々の場所に固まっていたことは痛恨のミスであった。
この段階までくれば、再び集落にヒグマが現れる可能性を想像することは決して難しくない。
通夜までの時間、人間側は考えられるヒグマの次なる行動を予測し、それに基づいて人員の配置計画を練るべきだったし、避難した人間を守る護衛役を配置すべきだった。

もちろん集落の人間はヒグマについてのプロではないので完璧な計画をたてることは不可能である。
また、「安易に決断すれば、それが間違った時に責められるかもしれない、その責任を負いたくない」という集団心理もあったのかもしれない。

しかし、ヒグマのテリトリー内に住んでいるにも関わず、ヒグマについての知識に乏しく、知識を基に冷静に考え、判断する人間がいなかったことは悔やまれる。
少なくとも知能については人間の方がヒグマより上手。
そこを使いこなせなかったことが今回の1番の敗因なのだろう。

三毛別ヒグマ事件は現代に起こりうるのか

100年以上前の冬に起きたこの凄惨な事件。
現代に生きる私たちは過去の事件とあしらってしまってよいものだろうか。
もちろん100年前より技術は進み、ヒグマの出現情報はすぐに共有できるし、武器類の性能だって格段に向上している。
しかし、運悪く条件さえ揃えば三毛別ヒグマ事件は現代でも起こりうるのではないか。

冬眠しないヒグマの存在

ヒグマの生態でも記載した通り、十分なエサがとれなかたっりするとヒグマが冬眠し損ねるケースがある。
しかしこれとは逆のパターン、冬でも十分にエサがあるから冬眠しないというケースが存在するのだ。
ヒグマはエサがとれない冬を生き抜くために冬眠するわけだが、この理屈からいくと、もしもエサがとれるのなら、冬でも冬眠しなくてもいいということになる。

その証拠に近年散見されるのが、道東を中心に12月から3月の冬の期間中、冬眠しないヒグマの存在だ。
要因の1つとして考えられるのが、エゾシカの増加だ。
道東エリアのエゾシカ数は2000年代初頭に比べ、5万頭も増加している。
冬眠しないヒグマは冬の間、不慮の事故や病気などで自然死してしまったエゾシカの死体をエサにしている可能性があるのだ。

そしてもう1つの要因が人間だ。
人間はもちろん冬眠などせず、年間を通して生ごみを出す。
また冬の間、屋外やヒグマが簡単に立ち入れるような場所に食料を保管する人も多いだろう。
春から秋にかけて、人間の食べ物の味を覚えてしまったヒグマがいるとすれば、そういった食べ物をとって冬の期間も生き延びることができる。

もしも、人間の食べ物の味を覚え、それを冬も入手できるヒグマが出てくれば。
そしてそのヒグマが手に入れたエサを人間が取り返すようなことがあれば。
三毛別ヒグマ事件のような展開になってもおかしくなはい。

ヒグマを狩れる人間の減少

現在日本国内での狩猟は法の下、免許が必要だったり、狩猟期間やエリア、条件、捕獲できる個数が決まっていたりと厳格に管理されている。
100年前のマタギ達のように、自由に狩猟を行うわけにはいかないのだ。

北海道では、ハンターによるヒグマの狩猟期間は10月1日から翌年の1月31日。
以前の北海道では1966年から1990年まで、ヒグマによる被害抑制のため、冬眠明けのヒグマを狙う春グマの本格的な駆除を長年行っていたが、個体数減少の懸念があったことから1990年にこの制度を廃止していた。

これにより、ハンターが実際にヒグマを討ってヒグマ駆除の経験を積むことは昔に比べて難しくなっている。
先代ハンターの経験や技術が乏しければ、それが後進に伝授されることもない。
こうして昔よりも言わばヒグマのプロが減少しているのだ。

正確なヒグマの生息頭数はもちろんわからないが、制度廃止以来、ヒグマによる農業被害は増加傾向。
家畜や外で飼っていた犬に被害が及ぶ例も報告されている。
農作物に手を出しているということは、ヒグマが人間のテリトリーに侵入し人間の食べ物の味を覚えているということ。
家畜に手を出しているということは、雑食性のヒグマの中に肉食性の個体を増やしているのだと考えられる。

現在、若手ハンター育成のための「許可制捕獲」が、3月上旬から5月上旬まで認められていて、今後はこの期間を伸ばしたり、狩猟期間自体の延長も検討されている。
ヒグマに対して人への警戒心を植えつけたり、ハンターたちのより一層の育成のためだ。

しかし、経験というのはすぐに積めるものではないし、1度の人間の食べ物のうまみを知ってしまったヒグマに警戒心を植えつけるのにも時間がかかる。
近づいてしまったお互いの距離を再び遠ざけることは、一朝一夕ではいかないだろう。
もしも、人間の食べ物の味を覚え、積極的に人間のテリトリーに侵入するヒグマが発生。

そんなヒグマと遭遇して彼らの獲物を取り返そうとる人間が複数いたら。
そしてそんなヒグマをすぐに駆除できるハンターを呼べる状況になかったら。
三毛別ヒグマ事件のようなことは今でも起こりうるのではないだろうか。

なお、万が一、素人がヒグマに遭遇してしまった場合どうしたらいいのか。
これは遭遇した時の相手との距離や、子グマ連れか、相手が近づいてくるかなどの状況によって大きく異なってくる。
まず大切なのは、ヒグマが出没しそうな場所に行かないこと。
どうしても仕事で行かなければいけない、山菜取りに行きたいのであれば、必ず行先を誰かに伝え、連絡手段とクマよけ鈴を持ち、人間・ヒグマ双方に自分の現在地を知らせ、ヒグマが人間の方に寄ってこないようにすること。

できることなら、威嚇射撃ができるハンター、ヒグマの足跡や鳴き声、爪痕や糞の状況などを判別できる知識が豊富な者を同行させ、遭遇の危険が迫っているようなら早めにその場を撤退する心構えを持っておくことも有効だろう。
そして運悪く出会ってしまった時にはまず落ち着くことが重要だ。

知床財団HPには、ヒグマと遭遇してしまった際の対処方法が細かく書かれているので、どうしてもヒグマのテリトリーに入る人は、ぜひ知識の1つとして読んでから向かっていただきたい。
ヒグマに殺される人間も不幸であるし、人を殺したヒグマは積極的駆除の対象になる。
両者の安全のために、ぜひ人間側が気を付けてほしいものだ。

因果編に続く

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