戦国時代の日本は軍事大国

天下統治を果たした秀吉は、朝鮮出兵という初の海外出兵を強行します。
当時、日本の軍事力は世界に通用するものだったのでしょうか?

世界有数の日本の軍事力

戦国大名が日本各地で跋扈していた戦国時代が終息に近づいた、豊臣秀吉天下の時代、その総体としての軍事力は国内の争乱と、天下取りの話にその興味が集まってしまっている現代人にとっては、案外視野の外になっています。

結論から言うと、世界の覇権を争っていたヨーロッパや隣国の大国・明と比較しても、決して劣ることのない、世界有数の強大な軍事力を日本は保有していました。

その正確な兵力数はわかりませんが、国力としての国の推定総人口では、1600年を例にとると、日本2200万人、明1億5000万人、スペインとポルトガル合わせて1050万人、ブリテン(イギリス)625万人、オランダ150万人などとなっています。

しかしそれ以上に、日本は100年以上続いた戦国争乱により、国内の戦士である武士が全て実戦を経験し、戦闘技や戦術を最大限に磨きをかけた戦争のエキスパートだった事が、最も大きな戦力となっていたでしょう。

鉄砲の多さ

当時の中心兵器として鉄砲は外せません。
鉄砲が伝わってから、持ち前の器用さと研究熱心さと実戦利用の必要性から、日本人は鉄砲の製造と使用方法を急速に進歩させ、例えば信長の集団三段打ちの様な戦法を始めとする鉄砲戦技戦法を各武将が次々に取得していきます。

結果、日本の鉄砲所持数は世界一だったと推測されます。
これも正確に把握できませんが、1569年イギリスの総鉄砲数約6000丁に対し、1584年肥後大名・竜造寺隆信は約9000丁所有していた記録があり、イギリス一国より九州の一大名が1.5倍の所持数だった事から推して知るべしです。

潤沢な戦費

豊臣時代の日本は、マルコ・ポーロの東方見聞録で黄金の国・ジパングと紹介される程の、世界的な金銀の産出国でした。

銀の産出量は。世界の総産出量の1/3を占めていたという推定があり、秀吉の大阪城に埋蔵されていた金の量から見ても、一種のゴールドラッシュが日本で起こったと考えざるを得ません。
それは鉱山開発と精錬技術の進歩によるもので、ここから得られた収益で膨大な戦費を賄う事ができたのに違いありません。

日本の軍事力の欠点

しかしこれら日本の軍事力は陸上戦力に限られます。
当時世界は大航海時代の真っ最中で、軍事的優位は海軍力に負うところも大きくなっていました。

秀吉の文禄・慶長の役の朝鮮出兵の失敗も、結局は朝鮮海軍に敗れ補給線が断たれた事がその主要因でした。
この点では約350年後の太平洋戦争でも、日本軍はよく似た失敗をしている様です。


歴史大好き爺さん
歴史大好き爺さんです。

※画像はイメージです。

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