盗んだ戦車で走り出す!サンディエゴ戦車暴走事件

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1995年5月17日、カリフォルニア州サンディエゴの州兵の兵器管理施設。
この施設の警備は十分とは言えず、州兵の管理施設という性質上、比較的簡素な体制であった。
その結果、外部から侵入した車両は制止されることなく敷地内へ入り込んだ。

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退役軍人、盗んだ戦車で走り出す

車からひとりの男性が降りてきた。彼の名はショーン・ネルソン、当時35歳。
この時点でネルソンは酒と薬物に溺れ、上半身は裸。まともな状態ではなかったとされる。

ふらつきながら施設内へ進むと、保管されていたM60戦車に取りつき、ハッチを強引にこじ開けた。
そのまま乗り込み、慣れた手つきでエンジンを始動させると、門をぶち破って市街地へ走り出したのだ。

尾崎豊の「盗んだバイクで走り出す」という一節を連想する人もいるかもしれないが、彼が盗んだのはバイクではなく戦車。刹那的な自由を謳歌するどころの話ではない。

ここで一つ疑問が残る。なぜ彼は戦車を動かせたのか?
答えは単純で、ネルソンは退役軍人で元戦車兵だったからだ。アメリカ陸軍時代に戦車部隊に所属しており、基本的な操縦技能は身についていたと考えられている。
M60A3は専門的な兵器ではあるが、走行操作そのものは訓練を受けた人間であれば再現可能である。
しかし、この車両には弾薬が搭載されておらず、あくまで「走るだけ」の状態だった。

飲酒運転のM60戦車、サンディエゴ市内を大暴走

ネルソンの操縦するM60A3戦車は、そのままサンディエゴ市内のカーニー・メサ地区へ突入した。
突然、公道に現れた戦車に住民は唖然とするが、状況はすぐにそれどころではなくなる。
酔いに任せて思うがまま、数十台もの車を踏みつぶし、信号機をへし折り、消火栓を破壊して道路を水浸しにしながら、約10キロもの距離を暴走させた。
確認されているだけでも約40台の車が被害を受けている。
通報を受けて駆け付けた警察官によると、戦車を操縦するネルソンの腕前は「けっこう上手だった」そうだが、それはあくまで操作の話に過ぎず、行動は完全に制御を失っている。

警察は幹線道路を封鎖し包囲すると、ネルソンは袋のネズミになって立ち往生してしまう。
それでも戦車を前後させて逃走を試みるが、中央分離帯に乗り上げたことで履帯が外れて行動不能となった。

戦車を包囲していた警官隊は、ここぞとばかりに犯人の確保に踏み切ろうとハッチをこじ開けたが、ネルソンは最後まで投降せず、砲塔を旋回させて抵抗を続けたため、警官が発砲。
その場で射殺された。

ネルソンが暴走したワケ

射殺されたため、ネルソンがなぜ犯行に至ったのか、明確な動機は未だに不明である。
ただし、犯行におよぶ以前から問題行動の多い人物であったことは、周囲の証言から確認されている。

ネルソンはアメリカ陸軍に在籍中から、素行面で問題を抱えていたとされる。
除隊後は配管業に従事していたが、やがてアルコールとメタンフェタミンへの依存が進行し、離婚や近隣とのトラブルが続いた。
「庭に金塊が埋まっている」として自宅を掘り返すなど、奇妙な行動も見られるようになり、最終的に破綻し自宅は差し押さえられて進退窮まっていた。

状況から見て、犯行は計画的なものではなく、精神状態の悪化と社会的な孤立が重なった末の突発的な行動と考えられる。ただし、なぜそこまで追い詰められたのか、その詳細は明らかになっていない。
解っている事は酒と薬物に溺れ、生活が崩壊していった末の出来事だった。

もし然るべき治療やケアを受けるチャンスがあれば、戦車で暴走した挙げ句に射殺されるという最期を遂げずに済んだのではないか。
そう思えてならない。

当時、地元テレビ局が撮影した映像が現在も視聴できる。
現場は冗談にならない深刻な状況であったのだろうが、こうして映像で見ると何か滑稽さが漂ってしまう。

featured image:WiinterU, CC0, ウィキメディア・コモンズ経由で

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