大学時代のある日、午後7時ごろだったかと思うのですが、私が住んでいたワンルームマンションタイプの下宿に管理人さんが来ました。
「ガス漏れがあるらしくて、業者さんに急いで調べて直してもらうから、申し訳ないけれど今日はホテルかどこかに泊ってほしい、ガス使えないし、危険でもあるから」と居住者皆に説明しまわっている。
私は驚いて友人たちに「誰か泊めて~」と半泣きで連絡しました。
「ちょっとムリ」という返事が多い中、友人Aが「キリスト教の女子寮だけど信者でない人もいるし、空き部屋があるからどうぞってシスターが」と答えてくれた時は「助かった!」と喜んだ。
私は彼女がキリスト教だということを知らなかったのですが、本人も「宗教って言うより、賄い付きだし安全だから決めただけ」と言っていたのですが・・・。
女性寮の様子
迎え入れてくださったシスターは終始にこやかで、「門限は11時、お風呂も洗濯機も必要ならAさんに聞いて使ってください、夕食はどうされますか?」と聞いてくださいます。
私はお部屋に寝かせてもらえるだけで十分ですと答えて、鍵をもらった部屋へ友人に案内してもらいました。
寮には全体では20人くらいの学生さんや社会人の方が住んでいるそうですが、1階も2階も3階もシンとしています。
部屋に着くまでにすれ違った人たちも、皆笑顔で会釈してくれました。
友人は「狭いから驚かないでね」と言いながら部屋の扉を開けると、中はたったの四畳半。
スリッパを脱ぐところの横が小さな押入れ、畳の向こうは大きな出窓、窓の下が正座すれば机代わりになるように飛び出しています。
「Aちゃんの部屋もこんな?」
「そうよ。部屋では寝るだけ、勉強は食堂か集会室でしてるし」
「そうなんだ・・・」
私は何かコメントすると失礼なことを言ってしまいそうで、「ありがとう」と言うだけにしました。
「お布団やシーツはこっちの押し入れに入ってるから。お腹空いてない?お喋りでもする?本当にお風呂入らないでいいの?大きなお風呂、気持ちいいよ?」
彼女はいろいろと気を遣ってくれたのですが、親友というほどまで仲良かったわけではないので、私は遠慮してこの部屋で過ごすと答えました。
泊めてもらったお部屋で
一人になって、自分の下宿のいったいどこからガスが漏れていたのか、一晩でも退去してくれと言われるのはかなり危険な状態だったのではないか、などと恐くて少し不安に。
それに快く部屋を貸してくれたものの、不自然な程に気遣いに、金銭的に辛くてもホテルに泊まったほうがリラックスできたのでは?と少し後悔もしてしまいました。
気疲れからか、他にすることもないからか、私は慣れない布団でも、すぐにうとうととしてきたのです。
夜中、何時ごろだったのかはわかりません、私は後頭部にズシンと重みを感じて目を覚ましました。
窓側を頭にして寝ていましたから、目に入ったのは自分の足のすぐ向こうにある部屋の扉の内側です。
そこに、ソバージュ髪の女性が立っているではありませんか。
「え、え、あなた、誰、よ、用事ですか?」
と尋ねたつもりですが、声は出ていなかったかもしれません。
うつむき加減で表情は見えないのですが、肩の上あたりで切りっぱなしの、三角に広がるボリュームある茶髪は光沢まであります。
「う、ウソだよね、ソバージュの幽霊なんて聞いたことないよ」
私は重たい頭を巡らせて必死で自分に言い聞かせ。
「幻、夢、もう一度寝ちゃえばいいだけ・・・疲れてるだけ」
私は目をつぶる前にもう一度辺りを見回すと、ソバージュの女の左上側、天井の隅に赤いものがあります。
「え?」
なぜかそれは「黒い眉毛の赤いヤッコ凧」で、こちらを睨んでいるように見えます。
右側、押入れの扉にも赤いものが映っていて、そちらは「扇子」。
私は「うわー!」と叫びそうになり、そこで記憶が途絶えたのでした。
翌朝
朝、目が醒めると後頭部の頭痛は治っていて、気分はスッキリ。でも昨晩、見たものの記憶はくっきり残っています。
友人Aが起こしに来てくれたので、洗面をしながら彼女に尋ねました。
「ここにソバージュの髪型の人、住んでる?」
「ソバージュってスパイラルパーマっていうか、くるくるワイルドなやつ?」
私はコクリと頷きます。
「肩につかないくらいの長さで、結構横に広がってる」
友人は笑いながら答えます。
「いないよ。社会人の人たちもパーマあんまり当ててない」
「じゃ、シスターは? あの被り物の中、どんな髪型?」
友人は私の突拍子もない質問に笑うしかないという表情。
「どうしちゃったの? シスターたちはショートに決まってるじゃん。ボブくらいの人はいるらしいけど、パーマはしない」
「そ、そうだよね」
私たちはその後、1階の食堂に降りて朝食を食べ、シスターたちにも会いました。
泊めていただいた部屋がなぜ空き部屋だったのか、ソバージュ髪の寮生が過去にいなかったか、ヤッコ凧とか扇子に何か心当たりがないか、なんて質問する勇気はありません。
笑顔を絶やさないシスターたちの顔に、逆にうすら寒いものを感じた気がしたのです。
この女子寮は私が泊めていただいた数年後に閉鎖され、もう誰にも真相を尋ねることができません。
※画像はイメージです。
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