MENU

スターリンの粛清狂騒曲

当サイトは「Googleアドセンス」や「アフィリエイトプログラム」に参加しており広告表示を含んでいます。
  • URLをコピーしました!

ソビエトの独裁者ヨシフ・スターリンが悪名高い大粛清を進めていた1937年ごろ。
ソビエト国内で流通していた何の変哲もないマッチ箱が、なぜか国家を転覆するものと判断されて警察に押収された。当局の見解によると「マッチ箱のラベルには、国内に潜む反乱分子が隠したメッセージが描かれている」。 

目次

権力闘争とパラノイア

単なるマッチ箱が政治的理由によって、押収されるに至った経緯を大雑把に振り返ってみたい。

ときは1934年。暗殺すら横行した政党内部における権力闘争のすえ、ソビエトの最高指導者スターリンの猜疑心は頂点に達した。
スターリンは自身に牙をむける恐れがあると見なした人物を、手当たり次第に逮捕、死刑か僻地にある強制収容所に送りこんで独裁体制を固めいった。

それは、昨日までスターリンの隣に立っていた幹部から、モスクワに行ったこともない地方の党員、その親戚や友人まで共産主義とは縁がなく、仕事のためにソビエトに来ていた日本人庭師まで巻き添えを喰う有様。
死者数は膨大に膨れ上がり、実際の人数は不明だが約130万人もの政治家、党員、軍人、一般市民が処分されたという話だ。

そうした大粛清が進行していた1937年ごろ、疑心暗鬼に拍車がかかったスターリンは国民にむけて奇妙な御触れを出した。

国民の敵は、マッチ箱やケーキにもメッセージを隠している

スターリンの理屈によれば、革命家トロツキーのシンパなど政権の転覆を狙う反乱分子は秘密裏のうちに連絡を取るため、あらゆる物に暗号を仕込ませている。なんでもいいから、ソビエト国内に流通する「それっぽい」代物を見つけたら警察に通報しろというお達しであった。

この政策をうけて、店先に売ってある何の変哲もないマッチ箱が警察に押収された。
そのマッチ箱には、スターリン体制に不満を持つ何者かが秘密のメッセージを具体的に仕込んでいたわけではなく、箱の表面に火がついたマッチ棒のイラストがあしらわれていた。それだけである。
だが或る人物の目には、イラストが騙し絵よろしく「国外に逃亡したトロツキーのシルエット」に映ってしまった。

警察は「トロツキーの暗号らしきものを見つけた」との通報を受け、同じデザインのマッチ箱を全て押収、ソビエト国内から一掃してしまう。

ソビエト国中では大粛清の恐怖も手伝って、国内ではマッチ箱のケースと同じ「暗号の摘発」が乱発した。
あらゆる場所に潜み、あらゆる人物に変装した「国民の敵」は、あらゆるモノに秘密の暗号を潜ませていると政府は言う。ならば隠されたメッセージだと感じられる、新聞の文字の組み合わせや掲載されるイラスト、ネクタイの柄、広場の肖像画、ケーキのデコレーションなども「ひょっとしたら暗号では」と国民は解釈した。

ある新聞のイラストに描かれた架空の人物はトロツキーのように映り、ネクタイの柄が反政府のスローガンが書かれているように映り、店先に誕生日ケーキが売られていれば「今日はトロツキーの誕生日じゃないか?じゃあ、あの店はトロツキーの生誕を祝っているシンパなのか!?」などなど。

こじつけとも言える「通報」が、ソビエト国中から警察に殺到し、職員を狼狽させた。いったいどれが本物の暗号で、どれが偽物なのか、当局の職員にも判断することが出来ないのだ。
それでも「通報」は日々、山のように積みあがっていく。

陰謀論的思考の先駆け

結局のところネクタイの柄をデザインした人々やケーキ屋は工作員でもなく、スターリン体制の転覆を推奨するメッセージを込めていなかった。すべてはスターリンと彼の政策を真に受けた人々の妄想である。

こうした当時のソビエト国民達を、私は笑う気持ちにはなれない。本来であれば何の意味もない政治家のしぐさや、報道番組の構成にある筈のない「暗号」を読み取って、勝手な解釈を重ねた挙げ句に「メンバー同士の隠されたメッセージである!」などと結論を出す人物は多い。

または映画やアニメの演出を自身の政治信条に引き寄せて曲解、「この演出家は差別主義者である」と勝手に断定した者達が、演出家や原作者を糾弾する光景は日常的になってしまった。

一世紀ほど昔のソビエトで生きた人々と、現在の私たちの思考のあいだに違いはない。
同じ誇大妄想に陥らないよう、事実確認や因果推論の技能を鍛えるのが、2025年を迎える個々人に課せられた努めではないだろうか。

featured image:U.S. Signal Corps photo., Public domain, via Wikimedia Commons

この記事が気に入ったら
フォローしてね!

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!

思った事を何でも!ネガティブOK!

コメントする

コメントは日本語で入力してください。(スパム対策)

目次