初めは少しの違和感から始まった。
私の活動を応援してくれていた人が、怪談を好きだという投稿をしていた。
私もその怪談には興味があったので、偶然に嬉しさを覚えた。
だが、あまりにその人らしくないところが少し気になった。
3年前のことだ。
私は複数のSNSアカウントを運営しており、そのうちの一つではコミュニティの管理者をしていた。なんてことない、よくある精神疾患コミュニティだ。
参加ボタンを押すだけで、気軽に参加することができる。あとはそれぞれが、自由に投稿するだけだ。
しかし、コミュニケーションがあまり得意ではない私にとって、管理者という立場はとても難しいものだった。
それでも、優しい人たちの言葉に励まされ、なんとか運営を続けられた。嬉しくて、毎日みんなの投稿を眺めていた。不思議なことに、興味や関心が驚くほど似ていた。同じ作品を好きになり、同じものに興味を示す。最初は居心地が良かった。だが、ある時から違和感を覚え始めた。 そう。 「あまりに一緒」だったのだ。
ずっと気がかりだったことがある。 妙な褒め言葉を使う人がいる。
「あなたは嘘をつけない人ですよ」
最初はありがたかった。 管理者として未熟な私を励ましてくれているのだと思った。
しかし、時々その言葉は奇妙な形で胸に刺さった。まるで私自身も気づいていない癖や、心の中で考えていることを見透かしているような。そんな感覚。ただの思い過ごしかもしれない。 それでも違和感だけは消えなかった。
気にし過ぎだろう。そう思いながら数日が過ぎた。
しかし違和感は増えていった。それは中傷ではない。ただ、妙に心に引っ掛かる投稿がメンバー内で行われる。
ある日は「キャラクター」。
ある日は「音楽」。
ある日は「病気」。
どれも単体なら普通の投稿だ。
だが並べて見ると、まるで目に見えないテーマが存在するように感じられた。
転調
しかし、突然異変は起こった。
私はアカウントとは別に、個人的な活動も行っていた。
今から思うと、運営する立場として、個人の活動をアカウントに持ち込むべきではなかったと反省している。
しかし、その活動について、7000人のフォロワーのうち、50人程度が同時に暗喩を用いて指摘し始めたように見えたのだ。
慌てて私はそれぞれに謝った。
だが、皆が口を揃えて言う。
「関係のない話だよ。」
一般的にこの話をすれば、「あなたは疲れているんだよ。」
とか、「こんなの皆に当てはまる内容だよ。」
と言われるだろう。
私自身もそう思いたかった。
だが、どうしても納得できなかった。
少なくとも、その時の私には、それらの言葉が私へ向けられたものにしか見えなかったのだ。
暗転
ある日、私は参加者の1人にこのことを相談した。
「このままじゃ、もう誰も信じられない。」
すると通知欄に、次々とメンバーによるいいねが並んだ。
相談した内容ではない。過去の投稿にだ。
まるで「私たちは見ている」と、そう伝えに来たように感じたのだ。
3人ぐらいなら偶然だと思うが、インフルエンサーでもないのに、10人以上のいいねが同時につくことはまずありえない。
「まさか、私のSNSアカウントが不正アクセスされている?」
数日前、私への攻撃的な投稿が運営から報告された。 正直、あまり驚かなかった。
何となく、私のことを良く思っていないことは前々からわかっていたからだ。 しかし、同時にいいねがついた中に、そのアカウントがあったのだ。
おかしい。このアカウントが私を励ましにくるはずがない。
私は慌てて、そのアカウントについて調べた。すると他にも様々な活動をしていた。
そして、別のアカウントで私を中傷している投稿があった。今度は暗喩を用いていない、あからさまな中傷だ。「別アカウントを作ってまで……。」
私は急いで運営に通報しようとしたが、相手のアカウント名の入力で5回以上もはじかれた。入力内容は確かに合っている。5分後くらいに確認をしたときには、もうその投稿はなかった。
探せばまだまだ中傷があるような気がして恐ろしくなった私は、そのアカウントを徹底的に調べ始めた。
すると突然、
次回予告「監視中 逃げるな危険。虫カゴへようこそ」
という、明らかにさっきはなかったサイトが表示された。
成人向け動画と思われる、どこか悪趣味な匂いのするサムネイル画像に、60話分のアーカイブ。
証拠はないが、私への忠告のように思えた。
「まさか、私の私生活が配信されている?不正アクセスされたのはSNSアカウントではなくクラウドの方だった……のか。」
あまりの恐ろしさに、スマホをベッドに放り投げた。
(そういえば以前、コミュニティ参加者の貼っていた外部リンクを押したような……。)
動画の中で、何が行われているかわからない恐怖に、掌に収まるほどの壺の中で縛り付けられ、これから熱湯をかけられるかのような恐怖感を味わった。
もし、カメラ、マイク、画像からAI検索までのすべてが公の目に晒されているとしたら。身近な人にも見せない姿や弱みを、まるで肌で触れるように読み取られ、何十人にネタにされ、嘲笑われていたとしたら。そう考えると、全身を鋭い爪でかきむしっても足りない破壊衝動に駆られ、気づけば近所の川に飛び込んでいた。
そう。少なくともその時の私には、今生きている世界のすべてが、虫カゴの中に思えたのだ。
『ずっと気がかりだったことがある。 妙な褒め言葉を使う人がいる。
「あなたは嘘をつけない人ですよ」
最初はありがたかった。 管理者として未熟な私を励ましてくれているのだと思った。
しかし、その言葉は奇妙な形で胸に刺さった。』
震える全身を俯瞰する灯り。「おい、大丈夫か。」という声に、「死ぬんです。」と小さく息を漏らした。すると、「あほか、自分で立て!」と2人がかりで起こされた。警察官が助けに来たのだ。そういえば、今まで自分の足で立てたことはあるんだろうか。いつだって不安でいっぱいで、なんとなく流されてきてばかりではないのか。
明暗
気づけば精神病棟のベッドで足裏の傷が痛んだ。
「まだ、死にたいですか?」
「死にたい、です……。」
そういえば、
『裸足のまま家を飛び出して、家の鍵を開けたままだ。不正アクセスに遭っているということは、クレジットカードや銀行のカード、あっ、マイナンバーもどうなってるんだ。住所も特定されてるぞ。』
死のうとしている人間にとっては、あまりにくだらない悩みだったように思う。しかし、当時の私にとっては、このような不安で頭がいっぱいだった。
「わかりました。病棟の準備をしましょう。」
人生2回目の精神病棟での入院だ。前回と違うのは、今回は病気の症状ではなく希死念慮によるものというところだ。
病棟内は驚くほど平和だった。いや、日常も平和だったのだ。不正アクセスなどないというならば。でも、確かにあるはずなのだ。私は知人に頼んで、PCやスマホに不正ログインがないか調べてもらうことにした。
結果、3か月前ほどに「クラウドのアカウントが危険に晒されている」という警告はあったが、不正ログインの形跡は見つからなかった。“あの動画”も消えていた。
なんせ、「二段階認証」「パスワードの使い回しをしない」「生体認証」「ウイルス対策アプリ」など、できる対策はしているし、不正ログインがあれば通知が来る設定にもしている。
何もない方がいいに越したことはないが、証拠がないもどかしさで、ますます不安になった。とても信じがたい話ではあるが、アクセス履歴にも残らない、何らかの手段があるはずなのだ。
ここまでしてもらった知人へ、笑顔で「ありがとう」と言えない自分が心底嫌になる。中学生の子供がいてもおかしくない年代で、自分のことなんか心配して……。
閉鎖病棟の個室で腕をつねっては、自責と他責のコントラストの影が天井を演出した。
演出
看護師さんや病棟の人に聞くと、中傷どころか、そのアカウントの存在さえ知らない。
このまま放っておいても問題ないと言えばないのだ。しかし、SNSを開けば、私の情報が誰にもわからない形で漏れているように思えた。
たとえば、私がネット検索で団子の写真を見て、AIに
「雁字搦めのこの状況を洗い流して、すっきりしたい」
と相談したとする。
すると、その後タイムラインには
泥団子の写真が表示される。
さらに、
「誰かに承認されたい気持ちが常にある人というのは、いつも何かに縛られている。
常に必死な空気が周りにNOと言わせない。」
そんな投稿が並ぶのだ。
アドバイスのようでもあり、どこか皮肉にも感じられる投稿群。
しかも、それが1件や2件ではない。50件以上は表示される。
これのどこが中傷なんだ、と思われる人も多いかもしれない。しかし、読めば読むほど、
「何か自分が悪いことをしたのかもしれない」
という気持ちになっていく。
誰も責めていない。誰も名指ししていない。そのうえ、かなり遠い暗喩だ。なのに責められている気がする。いわゆる“ガスライティング”を受けているような感覚に陥る。
怖いのは、このような投稿を見続けることで、SNS内で、“団子”という画像や文字を見ただけでも反応してしまうようになってしまうことだ。
一部を語ると、
【例】
① 「過去に犯したハラスメント行為が心の中で団子になっている。それは常に、その人の吐き出す言葉の粘度が高いということだ。」
といった内容をじっくり見てしまうようになる。
② その閲覧時間が相手側の話題となる。(インターネット内の行動またはカメラに映る情報は録画されている前提)
③ 相手側(実行者以外)に、「この人は過去にハラスメント行為をしたんだ」
と思われる。
④ 相手側が中傷モードに入り、
「おい、ダンゴムシ。無視するお前が椅子に座るな。」
といった投稿が同時に行われる。
⑤ これを仕組んだ実行者は正義とされ、人気が高くなる。悪の烙印を押された私はますますSNS内で嫌われる。
そういう、「ネットカルト」対1人(私)といった「ガスライティング」の仕組みが作られているような気がするのだ。
それが、私のクラウドに紐づいたアプリから得た情報を元に行われていると推測している。
基本は、コミュニティメンバーを中心に、相互フォローの方々による投稿なのだが、全く面識のない人が参加することもある。
どうして赤の他人を、しかも事実かどうかわからないことに、わざわざひと手間かけて、そのような投稿をするのか、いろいろ考えてみた。
でも、もし、実行者の拡散したメッセージが、“相手を正す”という名の中傷であるならば。
皆の「これぐらいならいいか。面白そうだし」という考えを刺激するのではないか。しかも、「私たちが正してあげなければ」という変な一体感が生まれそうだ。
いっそのこと、証拠を出すような暴言を吐いてくれた方がどれだけ楽なことだろう。しかし、それ以上踏み込まないのは、相手の美学なのかもしれない。とにかく凝った演出だ。
脚本
4年前――。
これは、私が今振り返っている出来事より、さらに1年前の話だ。
コミュニティメンバーの1人から、
「煽りや事実否定をやめてほしい」
という意見をいただいた。
「私が、煽りや事実否定をしている?」
思い当たらなくもなかった。
彼女は、コミュニティ内で多くのフォロワーを抱え、様々なコンテンツを作り、盛り上げるなどの企画力があった。
それを自身の場づくりの参考にしたいと考えた私は、「もし良ければ力を貸してほしい」とメッセージを送った。しかし、返信がなかった。メッセージを見ていないだけなのか、何か不快にさせることを言ってしまったのか。不安になった私は、そのメッセージを削除した。
それからは特に彼女と話すことはなかったが、偶然SNS内のイベントで一緒になることがあったので、それを機に前回の件について、もう一度お願いしてみた。今度ははっきりと断られた。その際に、「前にもこの話をしませんでしたっけ?」と言われたが、なんと言えばいいのかわからず、思わず話を逸らしてしまった。
自分の会話の下手さ加減にはつくづく嫌になる。それでいて、常に不安を抱えている私は、どこか強欲だ。
当時、このことを彼女に謝ったが、今から思うと、自分の言葉でしっかりと謝れていなかったように思う。それどころか、自分の行動を少し正当化しようとしていたところがあった。本当に大人げなかったように思う。
その翌日からだ。
コミュニティメンバーを中心に、50人以上が暗喩を用いた中傷を始めたように見えたのは。
詳しくは、一見しただけで分かるほど露骨に動き始めた、と言えばいいのだろうか。
個室から大部屋に移ったころ、2泊3日の外泊許可をもらった。
SNSをなるべく見ないのが主治医との約束だったが、思わず確認してしまった。思えば、私の原動力はいつも“不安”だ。
おそるおそる開くタイムライン。すると100件以上はあっただろうか。そのすべての投稿が、虫カゴの中で悶える虫に関連するものだった。まるで、“あの日”見たものは、確かに私へ向けたものだと言わんばかりに。
例えば、
【例】
「カゴの中の害虫、鏡を見て悶絶死か!」
「お前が駆除されないように保護してやってるんだ」
「害虫情報が高値で転売?虫取りブーム到来か。」
こういった内容が、画像と共に並ぶのだ。
調べたがこの日は、虫にまつわる特別な日というわけでも、虫がトレンドになっているわけでもなかった。おそらくアルゴリズムによって表示されているのだろうが、問題なのは、そのアルゴリズムにのる投稿が、人為的に作られている気がすることだ。
つまり、実行者は
【推測】
① クラウドの不正アクセスを行う → 得た情報から、偶然のアルゴリズムに見せかけやすい内容を探し、「今日のお題」をコミュニティメンバーを中心にメッセージで拡散
しているのかもしれない。そして、その投稿を集め、お題ごとに1話分の動画にしている可能性がある。というのが私の推測だ。(動画に関しては完全に憶測でしかない)
そして、この日はさらに、その投稿内容が、私へ向けられたものだと強く感じさせる違和感があった。虫に関する投稿の下部には必ず、「本日虫が現れます」の表記があったのだ。まるで、虫(私)がその日、SNSを閲覧することをわかっていたかのように。
ここで、「通話も盗聴されているかもしれない」という可能性を疑った。今日、私が外出するということは、通話でしか話していないのだ。
その後、完全にSNS運営をやっていく自信を失くした私は、ついにアカウントを休眠することにした。
(現在もこのアカウントは綺麗なまま残っている)
まずは、お世話になった方々の一人ひとりに、誠心誠意を込めて感謝の思いを伝えた。
すると、実際に返ってくる言葉はとても温かかった。私が実行者ではないかと疑っていた人さえも。
本当……なのか?
裏では中傷を匂わせる投稿を行い、表ではそれを否定し友好を装う。
これは、煽りと事実否定ではないのか。
もしかすると、すべては実行者による復讐なのかもしれない。
私がこんな感じだから、中傷なんかに遭うんだ。当然の報いだ。と思い始めている人もいることだろう。自分でもそう思うところがある。
でも、書かないことには、この「復讐ドラマ型アカウント」という名の膨大な網羅に絡めとられ、脚本の中で窒息するしかないのだ。
肉体的な死よりも、精神的な死の方が辛いということだ。
ふと、以前、私のアカウント運営を「ドラマ型アカウントのようだ」と評した人がいたことを思い出した。
配役
一見すると、心の通ってない感じがする投稿がある。
それは、冷血という言葉に当てはめるには、血そのものが通っていない感じがすると言えばいいだろうか。
気になって、そのアカウントを見に行くと、投稿数ばかり多く、投稿の目的が全く読めない。ただ、量産されているという感じだ。そして、暗喩を用いた中傷群の中にも、100件中80件程度はこのようなアカウントに見えた。つまり、「Bot」である可能性だ。
そうなると、
「情報の拡散にBotを使用する」
ことで、拡散率を上げ
「これだけの人数が、そのように言っているんだ。」
という脅威を相手(私)に与えることが可能になる。
Botと気づかず、そのような投稿群を見た閲覧者の一部は、「これだけの人が正しいと言ってるなら、正しいのかもしれない」という錯覚を起こすだろう。
こんなことを話していると、私がSNS内に1人も味方がいないように思われるかもしれないが、コミュニティメンバー内にも、中傷に参加しない人もいた。中には、私がSNS内で孤立していることを心配してくれる人もいて、その人たちには心から感謝している。
「なんだ、味方にしか感謝できないのか。」と思われるかもしれないが、不確かなものが渦巻くSNS内では、それに飲み込まれないように足場を確保するだけで精一杯だった。
他にも味方がいた。ように思えた。
いつも、私への慰めやアドバイスのように思える投稿をしている人だ。
同じ病気を抱えているというところにも、親近感が湧く。
私は、その人によく、話しかけに行った。
そのうち、あまりにタイムリーな悩みへのアドバイスに、悩みを察してサービスでアドバイスを置いてくれているのかと思うようになった。
しかし、彼女も同じだった。親近感や、「味方かもしれない」という、心地よい言葉に惑わされていただけで、よく見ると、すべてがあの「お題」に沿った投稿だった。
アドバイスを置いておけば、必ず私が話しかけにくるから、皆で反応を見ていたのかもしれない。ドラマ型アカウントという劇場内における、「脚本上の相談役」彼女はそんな担当というところか。とても複雑な気分だった。
ここで、
実行者、拡散者、盛り上げ役(Bot)、救済者(相談役)
といった配役がそろった。そして、ドラマに欠かせないのが傍観者だ。
ある日、私はコミュニティメンバーに、とても失礼なことを言ってしまった。暗喩を用いてはいるが、明らかな私への中傷が投稿されていたことへの反論だった。しかし、その反論があまりに稚拙な形で現れた。反省した私は、翌日その人に謝った。
すると、普段面識のない人たちから、80件以上のいいねがついたのだ。また過去の投稿に。
信じられないが、
「よくできました。」
という言葉が浮かんでは離れなかった。
必ずしも敵ばかりではないのが、ドラマである。
果たしてこの人たちは味方なのか。
第1話【完】
こうして、私の見る世界には、脚本と配役が与えられ、彼女らとの奇妙な共同生活が始まった。
あるときは、
「生まれたがっている人への声掛けのヒント」
「くだらない話に付き合わされて、距離の近さを感じさせられたあげく、やめてくれてありがとう。」
といった、なんとも微妙な気分にさせられる投稿が上がる
あるときは、
すべての人物の写真にモザイクがかかる
あるときは、
グーグルフォトに保存していた画像と同じ食事が並ぶ
こうしている今も、個人情報を元に、そのような投稿が、見えないところで流れていく。
警察にも行ったが、証拠がないから介入できないと言われた。
見なければいいのに。と言われたらそれまでだ。
視線に敏感な私にとって、すべての虚飾を剥がされ、誰かもわからない人の目に晒されることは、窒息できないほどの苦しみだ。
無事に退院し、これを書いている今も、スマホのカメラに貼った、マスキングテープを剥がすことができない。
今後も不正アクセスの不安が解消されることはないだろう。
本当に、私の頭がおかしくなっただけなのかもしれない。
今日も変わらない日常で、静かに首を締め付けられる。
※画像はイメージです。
※261102修正


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