私がかつて住んでいた小さな町で実際に起こった話だ。あれからもう何十年も経つが、未だにあの出来事が忘れられない。後悔している。
町の外れに、古びた炭坑があった。私が子どもの頃には既に閉鎖されていたのだが、そこにまつわる噂は消えずに残っていた。「あそこに入ったら戻ってこられない」──そんな話だった。
昔のことだが、炭坑では事故が起こって沢山の作業員が亡くなっている。それが原因なのか、興味本位で中に入っていくと行方不明になると言われていて、実際にも何人かいた。だが、私はそれをただの噂だと思っていた。そんな話が現実に起こるわけがないと。
私が親しくしていた友人、須藤もそうだった。ある日、彼はふとその炭坑に興味を示し、「一緒に見に行かないか?」と言ってきた。須藤は好奇心旺盛で、噂話を検証したいと言っては何かと突っ込んでいく性格だった。私も彼の勢いに押され、夜遅くに一緒に炭坑へ向かうことになった。
炭坑に着いた時、気味が悪いほど静かだったのを今でも覚えている。草木の覆われている坑道の入口は人が入れないように鉄板で塞がれているのだが、「関係者以外立ち入り禁止」と書かれている鉄扉は錆びて鍵が外れかけているので、用意に誰でも入れてしまうのだ。だからこそ、興味本位で中に入っていく者がいる。
須藤はまったく躊躇せずに扉を開き、私は不安を感じつつも続いて足を踏み入れた。
坑道は驚くほど広く、奥へ進むたびに温度が下がっていった。古びた木の支柱が所々崩れかけていて、いつ崩落してもおかしくないような感じだった。
途中、何かが壁に刻まれているのを見つけた。記号や文字だったが、解読できるようなものではなかった。須藤が興味深げにそれを眺めている横で、私は妙な視線を背後に感じていた。誰もいないはずの場所で、何かがこちらを見ている感覚だ。
進んできくと、坑道の奥に大きな広間が現れた。そこには古びた作業道具が散らばっていた。
そこに一冊の手帳が落ちているのを須藤が見つけ、開いてみると持ち主と思われる人物と家族が写っている。
須藤は明るい所で読んでみようと私に手帳を渡した途端、坑道全体に低いうなり声の様な音が響き渡り、壁から影が伸びてきたように見え、須藤に向かって伸び、その体を捉えようとしていた。
私は必死に叫び、彼に逃げるよう促したが、彼はもう何も反応しなかった。恐怖に駆られた私は、その場から逃げ出した。足がもつれながらも、炭坑の外へとどうにか辿り着いたが、しかし須藤の姿はどこにもなかった。
その時は、なにもなにも考えずに自宅に帰ったのだが、次の日に彼が居なくなったと大騒ぎになった。
村の駐在にこっ酷く叱られ、元坑道で働いていた年寄りまで駆り出され捜索したのだが、結局、須藤は遺体すら見つからなかった。おそらく、奥の大きな広間から少し進んだ場所に立坑がある、そこに落ちたのだろう。そうすると、見つけるのは不可能だと。
行方不明の原因は、そういう事だというのだ。
ひとつ付け加えるのだが、坑道の中で拾った手帳をそこで働いていた老人に見せたのだが、持ち主は炭坑の事故で亡くなり、遺体が見つける事ができずに奥深くで眠っているという。なぜ彼の手帳がそんな場所にあったかは解らない。
もしかしたら、須藤は道連れとして引っ張られたようにも思えてします。
※画像はイメージです。
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