国道沿いの電話ボックス

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携帯電話が普及する前、公衆電話は身近な存在だった。
駅前、商店街、国道沿い、どこへ行っても電話ボックスがあり、誰かが受話器を握っていた。
今ではほとんど見かけなくなったが、不思議な噂や怪談は、なぜか公衆電話を舞台にしたものが多かった気がする。

目次

国道沿いの電話ボックス

僕がまだ大学生だった頃の話。
当時、地方都市の古いアパートで一人暮らしをしていた。築年数のかなり経った建物で、廊下を歩くだけで床が軋むような場所だったが、学生の身分では贅沢も言えない。
結局、家賃の安さだけで決めたような部屋だった。

その頃は、まだ携帯電話が普及していない時代だ。
ましてや貧乏学生は自分の部屋に電話を引くことなんて出来ない。
連絡手段といえば、公衆電話で十円玉を積みながら長電話をしていたりした。
今思えば、公衆電話というのは妙に人間臭い場所だった気がする。

ある日の夜、大学の友人が僕の部屋へ遊びに来た。
安い酒を飲みながら、取り留めのない話をしていた時、友人が急に思い出したように言った。

「そういえばさ、国道沿いに変な電話ボックスあるの知ってるか?」

聞けば、海沿いを走る道路脇に、妙な噂のある公衆電話ボックスがあるという。

昔、その電話ボックスに車が突っ込み、中で電話をかけていた若い女性が亡くなったらしい。
事故のあと、電話ボックス自体は撤去されたが、しばらくして少し離れた場所に新しいものが設置された。しかし、それ以降、夜11時頃になると誰もいないはずの電話が鳴るようになったという。

しかも、受話器を取ると、事故の瞬間の音が聞こえるらしい。
ブレーキの音がしたと思うと、ガラスの割れる音や何かが潰れるような衝撃音。そして、短い女の悲鳴。
そんな話だった。

僕はその手の怪談が嫌いではなかった。ただ、霊だの呪いだのを本気で信じていたわけではない。
大抵は噂が尾ひれをつけながら広まっただけだと思っていたし、実際に現地へ行くと拍子抜けすることも多かった。

だからその時も、半分は暇潰しのつもりで、行ってみることにした。

消えた女

次の日の日曜の夜、僕らは原付に乗って現地へ向かった。
市街地を抜け、交通量の少ない道路へ入る。時間が遅くなるにつれ、周囲の店も消え、街灯だけだと妙に暗い。
やがて海沿いの道へ出た。
暗い海はほとんど見えない。ただ、時折吹く湿った潮の匂いだけで、すぐ近くに海があることが分かる。
問題の電話ボックスは、本当に道路脇にぽつんと立っていた。

周囲には民家もなく、少し離れた場所に自動販売機が一台あるだけだった。
昼間なら何でもない場所なのだろうが、夜になると妙に周囲から切り離された場所に見える。

僕らは近くのコンビニで時間を潰し、11時少し前に戻ってきた。
道路を大型トラックが通るたび、電話ボックスのガラスが細かく震えていた。

その時、「あれ……」と友人が指を指した。
電話ボックスの中に、20代くらいに見える若い女が立っていた。
背が高く、黒いロングコートを着ている。長い髪が顔の半分ほどを隠していた。
受話器を耳に当てたまま、微動だにしていない。

別に、人がいること自体はおかしくないが、その女に妙な違和感があった。
受話器を持ったまま、まるで時間が止まっているように立っている。

公衆電話というものは不思議なもので、話していれば、小声でも聞こえてきたり、会話をしている雰囲気が伝わってくる。でも、女性は誰かと話しているというより、ただ受話器を持っているだけに思えた。

数分ほど離れた場所から様子を見ていたが、女は微動だにしなかった。

「ずっと電話しているん……だよな?」

友人が言った。
僕も同じことを思っていた、直後、大型トラックが道路を通過した。
ヘッドライトが電話ボックスを白く照らし、光が過ぎた時。

女の姿が消えていた。

僕らは顔を見合わせ、慌てて電話ボックスへ近づく。
狭い内部には、誰もいなかった。
周囲にも人影はない。
逃げたような気配すらなく、妙な静けさだけが残っていた。

受話器の向こう側

二人で困惑していると、電話が鳴った。
突然、ジリリリリリとベル音が響いた。

僕らは一気に血の気が引いた。
友人が震える手で受話器を取ると、次の瞬間、顔色が変わった。

「おい……」

友人はそう言って、受話器を僕へ押しつけてきたので、耳に当てる。

最初はザーッというノイズしか聞こえなかったが、「キィィィィィッ」。
激しいブレーキ音と、何かがぶつかる凄まじい衝撃音。

ガシャアンッ!!とガラスの砕け金属が潰れる音が聞こえてきた。

そして、「いやぁぁっ!!」と女の悲鳴が聞こえた。

あまりに生々しい声だった。
ほんの一瞬だったが、耳元で直接叫ばれたような感覚だった。

次の瞬間、電話は切れた。
僕と友人は無言のまま受話器を戻し、その場から逃げ出した。
原付に飛び乗り、振り返りもせず道路を走った。

信号待ちの時に友人が言った。
「……あれ、本当に事故の音だったのかな?」

僕は答えなかった。

エピローグ

今でも時々思い出す、本当に聞こえたのは事故の音だったのか?
それとも、ただ僕らがそう思い込んだだけなのか?
結局、真相は分からない。

ただ、公衆電話というものが消えつつある今でも、電話ボックスを見ると、あの時のベル音を思い出すことがある。
誰もいないはずなのに、電話だけが鳴り続ける。
あの光景だけは、二十年以上経った今でも忘れられない。

※画像はイメージです。

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