映画『13日の金曜日』シリーズをごらんになったことはあるだろうか。スラッシャーホラーは苦手だという方でも、ジェイソン・ボーヒーズというアイコンは知っているだろう。
ジェイソンといえば、ホッケーマスク。今でこそ彼のトレードマークになっているアイテムではあるが、ホッケーマスクで顔を隠すようになったのは「PART3」から。母パメラの跡を継いで殺戮を開始する「PART2」では、目出し穴を開けた麻袋をかぶっていたのをコアなファンは覚えているはずだ。
ところで、このジェイソンというキャラクターにはモデルと思われる人物がいる。
現実の舞台となったのはアメリカ南部の小さな町。
うららかな春、甘い夜気、夜空に浮かぶ満月。ロマンティックなひとときの逢瀬。だとしても、恋人たちは簡単に服を脱いではならない。覆面姿のサイコキラーがそこに立っているからだ。
第二次世界大戦の終結から日も浅い1946年の春、テキサーカナの住民はファントムの影におびえていた。
The Town That Dreaded Sundown~日没を恐れた町~
テキサスとアーカンソーの州境にテキサーカナという同名の双子の町がある。ステートライン通りの西側がテキサス州ボウイ郡に、東側がアーカンソー州ミラー郡に属しているため自治体は異なるが、事実上ひとつの町を構成している。
1946年2月から5月にかけて、この町でカップルを標的にした襲撃事件があいついで発生し、5人が命を落とし、3人がからくも命を拾い、抜きがたいトラウマを負った。
地元メディアに「ファントムキラー」と名づけられた正体不明の殺人鬼は、犯行が月の満ち欠けに関係すると推測されたことから、のちに「ムーンライトマーダラー」という二つ名も頂戴することになる。
『13日の金曜日』のジェイソンは、実在のサイコキラーに着想を得て生まれたキャラクターなのではないかと先に述べたが、そう思うのには理由がある。じつは本事件を映像化した『The Town That Dreaded Sundown』(米国公開1976年)というカルトムービーがあり、そのポスターに描かれた覆面姿の犯人が『13日の金曜日PART2』(米国公開1981年)のジェイソンにそっくりなのだ。残念ながら封切り当時は興行成績がふるわず、日本でも未公開に終わったが、やがてじわじわと人気を呼び、2014年には続編も公開された。
犯人が覆面姿の男性であることは生還者がいたからわかったことで、そうでなければ風貌も性別も知られることはなかった。ひょっと
したら、生存者を残すことも彼の計略だったのかもしれない。
第一の襲撃 恋人たちの小径
1946年2月22日、満月の金曜日。
25歳のジミー・ホリスと19歳のメアリー・レイリーは、ジミーの兄ボブとそのガールフレンドとダブルデートを楽しんでいた。夕食を食べ、映画が終わって、そろそろお開きにしようとジミーの車で家路についた。
しばらくすると、ボブとガールフレンドが先に降ろしてほしいと頼んできた。早くメアリーと二人きりになりたかったジミーには願ってもない展開だ。
23時45分、恋人たちは町はずれの砂利道に車を停めた。そこは木々に囲まれた静かな場所で、恋仲の男女が人目を忍んで逢瀬を重ねるのに最適なスポットだった。地元住民が「ラバーズ・レーン」と呼ぶこの小道で甘いひとときをすごすのは、懐の寒い若いカップルの
週末の楽しみであり、慰めでもあったのだ。
10分後、車内でことに及んでいると、ウィンドウをコンコンとノックする音がした。みると、白い小麦袋をかぶった男が立っている。小さく開いた穴からぎょろりと目がのぞく。懐中電灯が車内を照らし、その眩さに目がくらんだ。唐突に、男が言った。
「降りろ」
なんだ、この男。さては兄貴たちが仕組んだいたずらか? それとも誰かとまちがえて?
「人違いですよ」
そう答えるや、額に冷たい銃口が押し当てられた。
「降りろ、と言った。殺したくはないんだ、兄弟。だから言うことをきけ」
ちがう、いたずらなんかじゃない。こいつはホンモノだ。
二人は車から降りるしかなかった。
「ズボンを脱げ」
「え?」
「……言うとおりにしたほうがいいわ」
メアリーにうながされてベルトを外し、ズボンを脱ぐ。
つぎの瞬間、ボコッという鈍い音がして、ジミーが昏倒した。銃のグリップが頭蓋を砕いた音だった。メアリーは恐怖に凍りつく。
「どうした? 走れ走れ、可愛い子ちゃん! 死にもの狂いで逃げるんだ!」
彼女は無我夢中で駆けだした。が、あっという間に追いつかれた。
「なぜ逃げる?」
「だ、だって。あなたがそう言ったから」
「この嘘つき女!」
覆面男はメアリーをその場に押し倒し、銃身で凌辱しはじめる。そのとき、運よく車が近づく音がした。ヘッドライトが黒い闇に穴を穿ち、覆面男は夜のなかに姿を消した。
沈黙の現場
1946年当時、テキサーカナはまだ牧歌的な風情が色濃く残る町だった。住民は祖父母の代から同じ家に住み、同じ店で食料や日用品を買い、同じ教会に通う。玄関の鍵はあってないようなものだった。一日の終わりには家族みんなでテーブルを囲み、祈りを捧げ、食器の触れ合う音が響く。
ところが、その夜はいつもとちがった。保安官事務所に入った通報が平和な夜を引き裂いたのだ。第一の通報者は「メアリーという10代の女性が助けを求めている」という農家の一家。第二の通報者は「ジミーという男性が路上で重傷を負っている」という通りすがりの男性ドライバー。
30分とたたないうちに、ビル・プレスリー保安官が現場に立っていた。しかし、そこにはジミーの車とズボンが残されていただけで、襲撃犯の遺留品らしきものはない。足跡やタイヤ痕はいくつか確認できたものの、誰のものかを断定するのは困難だった。ときは1946年、現在の捜査手法が確立する以前のことだ。防犯カメラも車番認識システムもなく、捜査員が足と経験だけを頼りに犯人像を形づくっていた時代。
早く回復したメアリーに事情聴取をしたところ、犯人は肌の色の薄い黒人男性という証言が得られた。一方、回復に時間がかかったジミーは若干異なる説明をした。いわく、犯人は日焼けした白人男性で、年のころは30歳。両者の供述で一致するのは、180㎝を超える大男という点だけだった。もっとも、脅威を感じた相手は大きく見えるという人間の心理を無視することはできないが。
プレスリー保安官は首をかしげた。
黒人に白人か。きれいに分かれたな。昼間じゃあるまいし、肌の色がなぜわかる? 覆面の下の肌の色が。
当初、捜査当局は供述の食い違いを訝しみ、これは恋愛がらみの復讐劇ではないかと考えた。聞き込み調査をすれば、すぐに明らかになるであろう三角関係。よくある痴情のもつれ。おそらく二人は襲撃犯に心当たりがあり、それを隠している。
この襲撃がファントムによる恐怖支配のはじまりであることに、まだ気づく者はいなかった。
第二の襲撃 恋人たちの小径
最初の殺人は1か月後の3月23日土曜日、ふたたび満月の夜に起きた。現場はまたしても恋人たちの小径、ターゲットは若いカップル。第一発見者は、夜が明けて最初に通りがかったドライバー。
現場にいちばん乗りしたのは、またもやプレスリー保安官だった。ほどなくして、被害者は交際6週間のリチャード・グリフィン(29)とポリー・ムーア(17)であることが判明する。
恋人たちは、さながら処刑のように後頭部を銃で撃たれ、リチャードのオールズモビルのなかで冷たくなっていた。数メートル離れたところに血だまりがあり、外で殺害されたあとに車内に戻されたことがわかった。服のポケットがすべて裏返しになっていたのは、物盗りを装う偽装工作か。
折悪く、この日テキサーカナは大雨と強風に見舞われて、現場の保存が満足にできなかった。それでも懸命の捜査の末に犯人の置き土産がみつかった。コルト社製の自動式拳銃から排莢されたとみられる.32口径弾の薬莢だ。
先月と同じく、狙われたのは若いカップル。しかし今度は殺人事件。
この時点でも、2件の襲撃が同一犯によるものとは誰も考えていなかった。「シリアルキラー」という言葉すら、まだ存在してはいなかったのだ。
第三の襲撃 恋人たちの小径
1946年4月13日土曜日、月の輝く夜。
17歳のポール・マーティンは、クラブに出演するベティ・ブッカーを迎えに行くためフォードクラブクーペのエンジンをかけた。ベティは15歳の高校生でありながら、大人たちのバンドで演奏する有望なサックス奏者だ。
その夜のパフォーマンスは熱をおび、夜が更けても終わらなかった。ようやく二人が落ち合えたのは日付が変わった午前1時半。
ポールは彼女をパジャマパーティーに送りとどけ、そこで降ろす予定だった。しかしその道すがら、しばしのデートを楽しもうと寄り道をすることにした。行き先はもちろん、あの秘密のスポットだ。
あくる日の早朝、幼い息子を連れたウィーバー夫妻がキーが挿し込まれたまま放置されたフォード車に気づく。みると、血まみれの少年が路上で死んでいる。
三たび現場に立ったプレスリー保安官は背筋が寒気だつのを感じた。遺体の身元を洗いだし、昨夜のポールの行動について聞き込み調査をしたところ、ベティ・ブッカーという少女と一緒にいたことがわかった。しかし、ベティの姿がない。彼女のサックスも消えている。
警察のほか、地元のポランティアも加わって広範囲を捜索すると、ポールの遺体発見現場から約3キロメートル離れた木の陰に変わりはてたベティの姿がみつかった。
ポールは4発、ベティは顔面と心臓をそれぞれ1発ずつ撃たれており、現場に落ちていた薬莢によって、どちらも.32口径弾が使われたことが判明する。
3週間前の満月の夜、リチャードとポリーの頭に打ち込まれた弾丸と同じ口径。しかも、犯人はおそらく土地勘のある人物。
ここにいたって、ようやく人々は気づいたのだ。
この町に、恋人たちを狩る夜行性の殺人鬼が息をひそめている。だとすれば、それは隣に住むあの男か、それとも教会でみかけるあの善良そうな若者か。そして、つぎに狙われるのは誰なのか。
姿なき捕食者
月明かりだけを証人に、闇のなかからあらわれては消えていく透明な死神。
4月16日、テキサーカナ・デイリー・ニュース紙の一面に「ファントムキラー、捜査網をすり抜ける」という見出しが躍る。翌17日には、テキサーカナ・ガゼット紙も「ファントムキラー、依然逃走中」とつづいた。
犯人像はいまだ絞れないままだった。しかし犯行が二度、三度と重なれば法則性はよめてくる。襲撃は3~4週のサイクル、月夜の週末、標的は若いカップル。つまり、ファントムキラーはまたあらわれる。おそらく5月4日から11日ごろのあいだに。
テキサスとアーカンソー両州の法執行機関のほか、テキサスレンジャーとFBIも現地入りして大がかりな捜査がはじまった。テキサスレンジャーとFBIの介入は、もはやこれは田舎の小さな事件にあらずというシグナルを発したも同然だった。全米の注目がこの町に注がれ、ホテルは新聞記者であふれかえる。捜査の指揮をとるテキサスレンジャーのマヌエル・ゴンザウルスがラジオで各家庭に呼びかけた。
「戸締まりを確認し、銃に油をさして、いつでも使えるようにしておくこと。必要だと判断したらためらってはいけません。もちろん、ご婦人もです」
町は恐慌状態に陥った。もはや隣人ですら信じられない。人々は、あらゆる自衛策を講じはじめた。
店から銃、弾薬、斧、錠前、補助錠が売り切れた。なかには窓を板でふさいだり、家の周囲にめぐらせたワイヤーに鍋やフライパンをぶらさげたトラップをつくる者もあらわれた。夜間の外出が禁止され、通りから人が消えた。日没後に誰かの家を訪問する際は懐中電灯かヘッドライトを点灯させ、大声で名前を告げて、武装した相手に発砲されないよう細心の注意を払わなければならなくなった。
誰もが深夜の物音におびえ、神経をすり減らした。警察への通報も激増したが、おおかたは恐怖心が生みだした誤認にすぎなかった。
捜査本部は、女性姿のマネキンを乗せた車を恋人たちの小径に駐車させて犯人をおびき寄せる作戦を試みる。捜査員の妻や恋人も囮役を志願した。
そんななか、住民もみずからの法の執行に乗りだした。地元のティーンエイジャーのなかにはファントムを捕まえてヒーローになろうと考える者もあらわれた。彼らは自警団を結成し、恋人たちの小径で拳銃を構えはじめた。
ところが、これらはすべて無駄骨に終わる。ファントムは狩り場と標的を変えたのだ。
第四の襲撃 スタークス邸
1946年5月3日金曜日、月明かりの夜。州境をまたいだアーカンソー州の農場にファントムキラーがあらわれる。
21時、農場主ヴァージル・スタークス(37)は夕食を終え、居間の肘掛け椅子に腰を下ろして新聞を読んでいた。すると突然、2発の銃弾が真後ろの窓ガラスを貫き、つづいて彼の後頭部から額に抜けた。
寝室で休んでいた妻ケイティ(36)がガラスが割れる音に驚いて居間に駆け込むと、夫が椅子に腰かけたまま血を流して絶命している。このときケイティは知りようもなかったが、ファントムは窓の外で新たな登場人物をみつめていた。銃口がゆっくりと彼女に向けられる。
ケイティは電話に駆け寄って通報を試みるが、夫と同じく至近距離から2発被弾した。1発は右頬から左耳のうしろに抜け、もう1発は唇の下に着弾して顎の骨と歯を砕き、舌の下で止まった。みずからの血で視界を奪われたまま、激痛をこらえてキャビネットににじり寄り、片手で拳銃のありかを探る。
そのとき、家の裏手にあるキッチンの窓を誰かがこじ開ける音がした。窓越しに人を銃殺するだけではあきたらず、屋内に侵入する気らしい。
このままでは殺される。正面の玄関から脱出するのが賢明だと考えたケイティは、寝室を通り抜け、命からがら隣家へ駆け込んだ。のちに捜査員は、彼女が通ったあとに「血の川」ができていたと記録している。
アーカンソー州警察のマックス・タケット巡査が駆けつけたとき、襲撃犯はすでに逃走したあとだった。
翌日の早朝、警察犬は家中にただよう住人のものではない匂いを嗅ぎとったが、その匂いは玄関をでで高速道路までつづき、そこで途切れた。夫妻が撃たれた窓のすぐ下の生垣から発見された懐中電灯に指紋サンプルは含まれていなかった。
生還者となったケイティの証言も有効な手がかりにはならなかった。彼女は犯人を目撃していなかったため、自分を撃った人間が白人なのか黒人なのか、覆面をしていたか、そもそもそれが「彼」だったのかどうかさえ認識できなかったのだ。
第四の襲撃はアーカンソー州側で起きた唯一の事件であり、これまでと違う.22口径の弾丸が使用され、在宅中の夫婦が狙われた点が注目に値する。
謎の轢死体
警察の面目を潰すかのようにくり返される凶行。およそ10週間にわたる恐怖の渦中、住民のパニックは増大し、捜査員たちの疲労もピークに達していたが、スタークス邸の一件を最後にファントムの犯行はぴたりと止まる。
テキサーカナの町はゆっくりと日常をとりもどし、テキサスレンジャーとFBIもそれぞれの持ち場にもどって、捜査は地元当局の手にゆだねられた。
以下はテキサカーナ連邦矯正施設の心理学者アンソニー・ラパラ博士による、今でいうところの犯人像のプロファイリングだ。
「一連の襲撃事件は、まちがいなく同一犯によるもの。このような犯罪を犯す人間は知的で賢く、狡猾で、逮捕にいたらないことが多い。すべては綿密に計画された犯行であり、衝動的なものではない。自分の“仕事”がどのように報じられるかを常にチェックしている。年齢は30代半ばから50代半ばで、ふだんは普通の生活を送っており、表向きは良き市民。根底にサディズム的傾向があり、他者への攻撃がもたらすスリルを楽しんでいる。退役軍人の可能性は低い。なぜなら、もしそうであれば彼の狂気的な欲求は異なる形であらわれたはずだから」
当局は数百人にのぼる容疑者リストを作成し、ひとりずつアリバイの裏どりをして捜査線上から外していった。懸命の捜査を進めるも、覆面男を特定する決定打をつかむことはできなかった。
では、ファントムはどこへ消えたのか?
スタークス夫妻襲撃事件ののち、テキサカーナの北約30㎞を走るカンザスシティ・サザン鉄道の線路上で身元不明の男の轢死体が発見された。身長180㎝を超える大男で、その他の身体的特徴も生存者たちが証言する犯人像と一致する部分があった。
ファントムキラーが法の裁きから逃れるために、あるいは良心の呵責に耐えかねて列車に飛び込んだのではないかと住民は噂した。しかし、ほどなくして轢死体はアール・マックスパッデンという名の男性であり、列車に轢かれる前にすでに殺害されていたことが判明する。ファントムキラーによって身代わりを演じさせられた男だったのだろうか。
ジェイソンの過去
『13日の金曜日』のジェイソンを殺人鬼に変えたもの。もとをただせば、それは先天性の病気による顔の奇形だった。
その昔、クリスタルレイクのキャンプに参加したジェイソン少年は、醜い風貌のせいで他の子どもたちにいじめられ、顔に麻袋を被せられて湖に突き落とされる。指導員が監視していれば防げた悲劇。彼らが性行為に夢中になってさえいなければ。
キャンプ中に子どもが溺れ、そのまま行方不明になるという一大事。いじめっ子たちは真実を隠し通し、すべては事故として片づけられる。愛する息子がいじめと指導員の不注意によって溺死したと思いこんだ母パメラは精神に異常をきたし、関係者を血祭りにあげていく。劇中でたびたび流れる「キ、キ、キ、キ……」「マ、マ、マ、マ……」という吐息のようなサウンドエフェクトは“Kill”と“Mom”。「そいつを殺してよ、ママ」という息子の願望が母親に幻聴として聞こえているということだ。
ジェイソンにとって麻袋は少年時代の記憶を呼び起こす忌まわしいものであり、同時に奇形というコンプレックスを覆い隠してくれるよすがだった。
犯罪者が覆面姿で犯行におよぶのは、身元の割りだしを防ぐためだとわたしたちは考える。だが、ファントムキラーがそれだけのために顔を隠していたのかどうかは今となってはわからない。
featured image:Texarkana Daily News, Public domain, via Wikimedia Commons


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