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通勤や通学で同じ時間に同じ道を通っていると、いつも同じ人を同じような場所で見かけるってこと、ありますよね。

いつも同じ電車を待つサラリーマン、いつも同じ道ですれちがう自転車に乗った高校生、学校に向かって歩いている小学生達・・・なんとなく見ているけれど、いないと少し違和感があるって言うか。日常の風景の一部になっている感じ。

自分の場合は少し違って、通勤路は同じ道なんですが、仕事がシフト制で出勤時間もかなりバラバラなんです。

それでも、8時に良くすれ違う人、12時に同じ道を歩いている人、と言った具合にこの時間なら大体このメンツがいるなぁ、となんとなく意識の片隅にありました。

ただ、朝早くから出勤しても、昼からゆっくり出たとしても、必ず同じ道で同じお婆さんを見かけていました。
どこにでもあるような、住宅街の合間のやや狭い道路だった為、特に目に入りやすかったこともあるかもしれません。

お婆さんの特徴はと言うと、髪型は白髪交じりのおかっぱに、背丈は私と同じくらいだったと記憶しているので、大体150cm前後でやや小柄。いつも黒っぽい服を着ているといった印象でした。
また見かける度、何をするでもなく立ち尽くしていることもあれば、どこかに向かって歩いていたり、はたまたしゃがんで何かごそごそとしていることもありました。

どんな時間に通っても、必ずそこにいるお婆さんに、少し不思議だなと思うことはありましたが、私も仕事以外では使わない道だし、きっと散歩によく出かけるのだろう程度で、最初は特に気にとめてはいませんでした。

それがある日を境に、今まで出勤時にしか見かけていなかったお婆さんを、帰り道でも見かけるようになったのです。
当然、出勤時間が不規則な分、退勤時間もバラバラなのにもかかわらずです。
相変わらずお婆さんは、ただ立ち尽くしていたり、しゃがんでごそごそと何かしている風でした。
私は少しずつ、その姿に違和感を覚えるようになりましたが、その正体にまだ気づくことはありませんでした。

・・・その日は友人と飲みに行ったのですが、ついつい飲みすぎてしまい、気付けば帰路についたのは深夜の2時を過ぎていました。

たまたま通勤路の途中に店があったので、いつもの通い慣れた道を、ほろ酔い気分で歩いていた時です。

いるんです。

あのお婆さんが。深夜の2時に。

都会の方ではあるとは言え、住宅街に差しかかるとさすがに暗いですし、何より何でこんな時間にお年寄りが1人でいるのか・・・

何かされたわけでもなし、いつもなら「あぁ、またいるなぁ」
とそのまま通りすぎるのですが、さすがに今回は心臓が止まりそうになるほど驚きました。

50M程は離れているでしょうか。
こちらに向かって歩いてきています。
深夜ということも相まって、顔はまだ見えず、それが余計に不気味でした。

・・・顔・・・?

そこで私は、今まで漠然と抱いていた違和感の正体に気づき、思わず身体を強張らせました。

なぜなら、今まで私が見かけていたお婆さんは、いつも「後ろ姿だけ」だったのです。
つまり、私は一度も、お婆さんの顔を見たことがないのです。
服装や髪型、背格好で、同じお婆さんだと判断しており、そのことに今まで気付くことがなかったのです。

にわかに心臓の音だけが響き渡っているような感覚に襲われ、中々足が進みません。
その間にも、お婆さんはゆっくりとこちらに向かって歩いてきます。

道の途中にポツポツとある街灯の下に差しかかると、思わず私は目を逸らしました。

ー見てはいけない。

何故だか分からない。でもお婆さんの顔を見てはいけない。見ちゃダメだ!

ーそうもう一人の自分が、得体の知れない危険に対して警告しているように、頭の中で叫んでいます。

それでもお婆さんは確実に、一歩ずつ、距離を詰めてきています。
その上、何故かお婆さんは私の真正面に向かって歩いてきています。

私はとうとう動くことができなくなり、その場で立ち尽くすしかなくなりました。
呼吸は荒くなり、全身に鳥肌が立ち始めます。
いよいよ月明かりでお婆さんの顔が見えてしまう、その距離まで来た時には、ぎゅっと目を瞑ってしまいー

どれくらい過ぎたでしょうか。

辺りは静寂に包まれ、何の物音もしません。
通り過ぎたのだろうか?
いや、そんな様子はなかったはず・・・・・・

思案を繰り返し、実際には数十秒でしょうが、体感5分とも10分とも思えるような時間がすぎ、耐えられなくなった私は、意を決して目を開けることにしました。

薄く目を開くと、周囲に人の気配はありません。

やはり通り過ぎたのだろうか、でも足音もしなかった・・・

そんなことを考えながら、少し気が緩んだ瞬間でした。

「………ぃ」
「……ょ…」

背中の真後ろから囁くように声が聞こえてきたのです。

ボソボソと呟くように

いるよ

・・・そう言っているようでした。

今すぐ逃げ出したいのに、何かが絡みついたかのように体が動きません。

いる。いる。いる。

後ろにあのお婆さんが。
振り向いたら駄目だ。

だけど、毎日見かけていたあのお婆さんが一体どんな顔をしているのか・・・

その時の私は、この異常な状況の中で、すでに平静ではなくなっていました。
好奇心が、わずかに恐怖心を上回ってしまったのです。

「…ょ…」

「……ぃ」

お婆さんは未だ囁くように呟いています。
ゆっくり、ゆっくりと首だけを後ろに向けていきます。

すると今まで蚊の鳴くような声だったお婆さんの声が

「……ぃい!」

「…ょオ!…るゥ!」

急に大きくなったのです。

そこで私は、はっと我に返りました。
もう一度前に向き直し、なんとか足を動かして逃げ帰ることができたのです。

お婆さんがやってくるのではないか、そんなことを思うと一睡もできないまま朝になり、そのまま気を失うように眠っていました。

あの老婆は一体何者だったのか、なぜ私の前に現れたのか、はっきりとは分かりません。
ただ1つわかることは、この世のものではないということ。

何故言い切れるかって?

なぜなら私はあの時、お婆さんの顔を見てしまったからです。

我に返り、前に向き直すその刹那。

カーブミラーに映る、「私そっくり」のその老婆の顔を。

…今ならわかるのです。

私そっくりの老婆は、

「いるよ」

とだけ呟いていたのではなく、

「いるよ。見ない方がいいよ。」

そう警告していたのだと。

すずぱん

「奇妙な話を聞かせ続けて・・・」の応募作品です。
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※画像はイメージです。

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