自分は特別救助隊に所属しており、県内で選抜された隊員が集まる防災訓練の合宿に何度か参加していました。
訓練は体力だけでなく精神力も試され、過酷そのものです。
終わった後の酒の時間だけがわずかな救いで、辛くも忘れられない日々となるものでした。
初日の夜
訓練の初日は想像以上に体力を奪われました。高所救助、重機搬送、救助演習。
夕方にようやく解散となり部屋に戻ると、普段は賑やかな隊員たちも、疲れからか無言で布団に入り込んでいます。
自分も自分のベッドに入り、目を閉じたのですが妙に眠れません。
仕方なくスマホを覗いていると、廊下の方からヒタヒタと足音のような音が聞こえます。
音は徐々に部屋に近づいてくるので、誰かが酒でも持って夜更かししている隊員を探しているのだろうと思いました。
「それなら、仕方ない付き合ってやるか」とドアを開けた瞬間、廊下には誰もいません。
驚きながらも、「疲れてるせいで幻聴か」と自分を納得させ、布団に戻り、眠れない夜を過ごしたのでした。
二日目の夜
二日目ともなると、他の隊員たちも普段のリズムを取り戻し始めます。元々が体力お化けみたいな連中です。
初日の疲労など一晩で消化し、消灯前には「少し飲もう」という話になりました。
四人部屋のテーブルに缶ビールとつまみを並べ、他愛のない話で盛り上がっていると、ふいに廊下の方からヒタヒタとした足音が聞こえてきます。
「なあ、今の聞こえなかったか?」
そう言っても、返ってきたのは笑い声だけ、「始まった」「疲れが抜けてないんだろ」と、完全に冗談扱いです。
ですが、音は確かに聞こえます。しかも昨夜と同じように、こちらへ近づいてくる。
自分はからかわれても構わずに、聞こえたままを説明しました。酒の席とはいえ、あまりに真剣だったので、全員が次第に口を閉じ、耳を澄ませ始めます。
ヒタヒタ音は部屋の前で止まりました。
その瞬間、私は勢いよくドアを開けると、廊下の薄暗がりの中に、酒瓶を持った隊員が立っているように見えた。
そう思った、次の瞬間、バチン、と音を立てて部屋の電気が消えました。
同時に、テーブルの上にあった缶ビール、グラス、つまみが一斉に床へ叩き落とされました。
一瞬の静寂のあと、部屋は完全な混乱に陥りました。
隊員たちは悲鳴を上げ、それぞれ自分のベッドへ潜り込み、中には震えながら「南無阿弥陀仏」を何度も唱え始める者までいました。
次の日の朝
翌朝、ほとんど眠れないまま朝食の時間を迎えました。
食堂で箸を動かしてはいるものの、自分たちの班は明らかに様子がおかしかったと思います。
誰も目を合わせず、会話もなく、顔色も悪い。
その様子を見かねたのか、配膳をしていた合宿所の管理人のおじさんが何気ない口調で声をかけてきました。
「昨日の夜、何かあったかい?」
私たちが昨夜の出来事を話すと、おじさんは、さも当たり前だと言うように話し始めました。
それによると、今から10年ぐらい前、この合宿所で行われていた訓練中に事故があり、若い隊員が一人亡くなったそうです。
訓練が終わった後、皆で飲む酒を楽しみにしていた隊員だったらしく、それ以来、夜になると酒瓶を持って合宿所の中を歩き回ることがあるのだと言います。
理由は分からないが、気が合いそうだと思った部屋にふらりと現れるらしい。
「まあ、悪さはしないんだけどね」
おじさんはそう付け加えました。
自分たち全員、言葉を失いました。
害がないと言われても、幽霊が怖くないわけがありません。むしろ、昨夜の出来事と妙に辻褄が合いすぎていて、背筋が冷えました。
その日は合宿の最終日でした。
訓練が終わるや否や、私たちは荷物をまとめ、まるで逃げるように合宿所を後にしました。誰一人、名残惜しそうな素振りは見せませんでした。
後になって知ったことですが、その合宿所は地元では曰く付きで、心霊スポットとしても知られていたそうです。
正直に言えば、あの合宿で一番きつかったのは訓練ではありません。
幽霊のほうでした。
※画像はイメージです。


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