昔、結核は不治の病と呼ばれ、人々に恐れたれた病気です。
もし発症してしまうと感染するので、各地に結核療養所があって隔離治療されていました。
この療養所にまつわる思いで話です。
結核療養所の記憶
私の子供時代、すでに結核の特効薬が広まり「治る病気」になっていましたが、治療で入院するのは普通のことだったので、療養所は稼働していました。
親戚の一人が結核を患ってしまい、隣町の結核の療養所に入院していたため、何度か親と一緒にお見舞いに行ったことがあります。
療養所は木造の古びた建物のせいか、療養所全体がどこか薄暗く感じられたものです。
廊下は板張りで歩く足したびにギシギシと音をたて、病室の入口からは、強い消毒薬のにおいが漂い、恐ろしい場所だったのを覚えています。
怖い場所探し
中学生になった頃、世の中はオカルトがブームになり、超能力やUFO、ネッシーなどが話題になるなか、私達の間では「怖い場所探し」が流行り、部活の合間ににいそしむようなります。
最初のうちは自分の街の中で、怖い場所を探していましたがすぐに「怖い場所」が尽きてしまい、周辺の町にまで探しにいくようになっていったのです。
そんなある日、悪友の1人が「隣町の元療養所が薄気味悪いらしいよ。見に行こうよ」と誘ってきます。
「怖い場所探し」に血眼だった私にとって断る理由はなく、さっそく二人で自転車に乗って元療養所へ向かいました。
謎の小屋発見
この頃、療養所はすでに閉鎖されていて、ボロボロの廃墟と化していました。
空いている扉から中に忍び込み、診察室や病室を回っていると、小さい頃の記憶が思い出されます。
あの時は恐ろしく感じたのですが、今となってはそれほどで少しガッカリしました。
診療所を一通り見てまわり、入ってきたのと反対側の扉から外に出た時でした、少し離れた林のなかにいくつかの小屋のような建物をみつけたのです。
悪友に「なんだろう、なんで療養所の病棟があるのに病棟の外にこんな小屋があるんだろう?」と話すと、そっちも見に行こうとなりました。
鬱蒼とした林の中に隠すように建てられた小屋。それは一つだけではなく、ざっと数えただけでも10棟はあります。
小屋は全て同じ造りになっていました。大きさは3メートル四方ほどで、コールタールを塗った木の板で囲った壁、板葺の屋根。木の枠にすりガラスをはめ込んだ窓。
もう数十年間使われていなかったようで、どの小屋も壁は傷み屋根も剥がれかけ、ガラスも割れています。
割れたガラスの隙間から中を覗いてみると、薄暗くてはっきりとは見えませんが四畳半くらいの部屋に、布団と浴衣、湯のみ茶碗、煮炊きするような場所もあります。
まさか!
なぜこんな場所に沢山の小屋があるのだろう?
先生や看護婦の寮だとしても、雰囲気がおかしい・・・そんな事を思っていると、悪友がおずおずと話を始めます。
「あのさあ、結核って昔は不治の病でたくさんの人が亡くなったんだよな、亡くなる直前になるとこの小屋に連れてくるんじゃないか?」
「病棟だと苦しんでいる姿を周りの結核患者が見るだろ、自分もこんなふうに苦しみながら死ぬのか、って動揺するだろ。だから病棟から追い出して小屋に閉じ込めたんだよ!」
私は納得できず、「でもさあ、煮炊きできる場所があるけど、亡くなる直前に煮炊きできるかな」と反論すると、悪友は「家族を呼んで、家族が食事を作りながら最後の数日間を過ごしたんだよ」と。
そう言われると私もすっかり納得し、頭の中で弱っていく患者さんと、涙ぐみながらただ見つめている家族の姿の映像が浮かびました。そして、病院から見捨てられ、粗末な小屋で亡くなっていった、沢山の患者たちの断末魔の喘ぎと怨みの声が聞こえたような気がして、こころなしか風が冷たく感じられました。
小屋を巡っているうちに、大きな焼却炉らしきものが現れ、煙突は小屋のものよりもはるかに高く太いもの。
炉の部分はだいぶ崩れ、煙突も傾いていました。
小屋でたくさんの患者が亡くなったとすると、この焼却炉は・・・私は背筋が冷たくなり、悪友も顔が真っ青。
二人してとっさに「これは遺体を焼いた場所だ」と叫んで、全速力で逃げ出します。
私たちは振り返れば死者に呼ばれそうな気がして、ひたすら逃げました。
家に帰っても恐怖は薄れることはなく、夢には小屋で人が亡くなる場面と火葬される場面が何度も出てきてうなされ、1年ほど私を苦しめました。
あの小屋の正体は?
成人してから知ったのですが、あのとき見た小屋は「外気小屋」と言って、結核の病状が良くなり、退所が近づいた人が2人一組で住んでいた小屋だそうです。
長い療養生活から一般社会に「復帰」するため、自分たちで自炊したり部屋を掃除したり、衣類を洗濯したりして身の回りのことをできる範囲で行うための場所。大きな煙突の施設はただの焼却炉でした。
知ってしまうとなんてことはありませんが、あの時、感じた恐怖は生涯わすれる事はないでしょう。
※画像はイメージです。
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