夫婦喧嘩をした折、溜まりに溜まった思いがあり、9ヶ月になる子を連れて東京から東北の田舎に帰った。
私の実家は、曽祖父の代から住んでいる木造の平屋だ。
幽霊などに遭ったことはないけれど、夜に寝るときには風でガタつく窓やきしむ廊下の床、やけに大きく聞こえる木々のざわめきに、怖いなあと感じることは多かった。
夏の日の憂鬱
その日、60代の父母は働きに出ており、日中は子とふたりで過ごした。
そこにいるだけでも汗ばむ季節だったが、縁側の戸を開けておくと、畳の間に吹いてくる風が心地良い。
まる、さんかく、しかくの積み木を穴に落として遊ぶおもちゃに夢中になっている子の傍で、洗濯物を畳みながら、遠くない未来の離婚の可能性について思いをめぐらせていた。
ふと、子が顔を上げて一点を見つめているのに気づいた。
これくらいの月齢の子が、何も無い壁を見つめたり、天井に向かって笑ったりすることは珍しくない。
たぶん気のせい?
これもその類だろうと思ったが妙に気になり、視界の端で子を気にしていた。
すると、子が誰かから積み木を受け取ったように見えた。
えっ? と顔を上げたが、誰も居るはずがない。
子はすでに、赤いさんかくの積み木をどうやって穴に落とすかに夢中だ。
見間違いか・・・再び洗濯物に目を落とす。
子が穴に落とし損ねた黄色いまるが、私を通り過ぎて左後ろに転がっていく。
あらあら
「あらあら」と振り返り、積み木の行った方に手を伸ばすと、同時に向こう側から白くて皺の多い細い腕が伸びてきた。女性の手であるように見えた。
積み木を掴んだ白い手は、私の目の前を通り過ぎて、黄色いまるを子に渡してやる。
そしてすぅっと消えた。
驚きはしたが、なぜだか恐怖は感じなかった。
盆の近い時期だったので、祖母が曾孫の顔を見に来てくれたのかなと思うと、懐かしさで心が温まりさえした。
渋々謝ってきた夫の待つ東京のマンションに帰る日まで、毎日丁寧に仏壇に手を合わせ、子の顔を先祖にたっぷりと見せた。
もう実家には行けない
それから5年が経ち、実家に子を連れて行くことも、今ではすっかりなくなった。
父母は孫の顔を見たがるので、申し訳ない気持ちはあのだが・・・。
その理由は、盆や正月に実家に行く度に一目散に畳の間へ向かいうと。
・・・はしゃいだ様子で、
「ほんとうのおかあさんがおむかえにくるよ」
やけにスラスラと話す子を見るのに、私は耐えられない。
※画像はイメージです。
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