65歳になるメタボなオヤジです。3年前、一念発起してダイエットを始めました。
長い間の気ままな生活のツケは大きく、医師からはこのままでは、動脈硬化も時間の問題とじっと見つめられて、運動を始めたのでした。アパートから海まで往復一時間のウオーキングは、ちょうど夏にさしかかるタイミングで、代謝がどんどん進み、日に日に体重が落ちてゆく、そんな初夏のことでした。
歩くコースは決まっていて、N内科の前を通り、銀行前を通過、陸橋を渡り、高校グラウンドの横を歩いて、港に入ってゆきますが。その日も陽ざしの強い昼下がりでした。銀行前から、ベビーカーを押したスレンダーなご婦人が歩いてきました。サングラス、黒いツバ広の帽子、肩を出した黒いワンピース、ほっそりしたその姿は、上品な影がゆっくりと歩いているような様子で、わたしはきれいな人だな、そう思い通りすぎました。そこから海までは30分かかります。海に到着し、一息入れて、また来た道を戻ります。
銀行の前まで戻ってきた時、前から、一時間前にすれちがった、黒いワンピースのご婦人が、人ごみの中から現われ、またすれちがいました、先ほどと同じようにベビーカーを押していました。偶然だな、当然その時はそのように思いました。
次の日も、強い日差しが照りつける朝になりました。少しでも涼しいうちに歩こうと、その日は10時くらいに出て、N内科の前の道を歩いているときでした。前から小学2年生くらいの女の子が歩いてきます。わたしは奇妙だなと感じました。すでに通学の時間は終わっている、もし通学なら、この辺は皆集団登校しているのに、この子は独り、そしてカバンも無い、それどころか、まるで夏祭り会場からやってきたような浴衣姿、腰の帯にウチワまで挟んでいる。日に焼けて真っ黒な顔、その中から大きな白い目が、じろりとわたしを見る。
わたしは、通り過ぎた。そしていつものように、海岸に出た。水を飲んでから、ゆっくりと立ち上がり、帰路に向かった。約一時間ほど歩いたころである、N内科の前にさしかかったとき、向こうから、朝すれちがった女の子が、挑むように私に向かってやってきた。やや太めの健康的な身体を、弾ませるように向かってくる。浴衣、独り、ウチワ、変わらない、朝のままの姿だ。そして、じろりとわたしと見た。わたしは声をかけようかと、一瞬思ったがやめた。
次の日は用事があって、遅くなった。浴衣の女の子も、黒いワンピースもいなかった。そうだ、二度と出会うまい、不思議だが、たまたま偶然が重なることだってあるだろう、何より、それ以上なんの意味があるだろう?そう思いながら、高校グランドの横の道を歩いた。今日は珍しく生徒たちはいないな、いつも野球の練習をしているのに。生徒そのものの姿が見えないな、と思っていると、前から白いブラウス、紺のスカートの制服をなびかせて、自転車に乗った女の子が走ってきた、早い、風のように走って来る。わたしの前まで来ると、少し髪の毛を直すそぶりをして通り過ぎた。
わたしは海へ向かった。まだ陽は高く、風は暑くゆるかった。今日もここまで歩けたことに感謝して、帰り道に進んだ。高校グラウンドには、やはり生徒がいないな、とぼんやり思いながら歩いていると、前方から、先ほどすれちがった自転車の女の子が、やはり風のように疾走してきた。間違いない、同じ人物だ。なにか思いつめたように、唇を結んで、通り過ぎて行った。
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